有栖川有栖

Profile

1959年大阪市生まれ。小学4年生で推理小説のおもしろさを知り、5年生で創作を始める。中学3年の時、長編を書き上げて江戸川乱歩賞に応募。初落選。以後、高校・大学・社会人時代を通じて、たびたび落選。大学時代は同志社大学推理小説に所属し、機関誌「カメレオン」に創作を発表。同志社大学法学部卒業。卒業後は書店に就職。1989年、鮎川哲也氏の推挽をもらい、『月光ゲーム』(創元推理文庫)でデビュー。以降、コンスタントに作品を発表し、1994年に作家専業となる。2000年に設立された本格ミステリ作家クラブの会長に就任して、05年まで務める。2003年、『マレー鉄道の謎』(講談社文庫)で日本推理作家協会賞を受賞。

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自分が面白いことを、面白がってもらうために書いています



推理小説の大家であり、大の読書家でもある有栖川有栖氏。新作執筆中の修羅場の中、電子書籍の可能性と懸念、そして本を読むこと、所有することについてお話しいただきました。

設計図を作りつつも、ライブ感のある執筆をする


――今、新作を執筆中と伺いました。


有栖川有栖氏: いわゆる原稿の修羅場というやつですね。構想がまとまらなくて、着手するのが遅れたので、全速力で書いている最中です。こんなペースで書いたことがない、というぐらいの速さで書かないと間に合わないんですけれど、ぎりぎりなんとかなるかな?という非常にスリリングな状況ですね。体は疲れるんですけれどね、働いているという感じがしています(笑)。

――執筆される際は、頭の中で構想を練ってから執筆されますか?


有栖川有栖氏: 私が書いているのは謎解きものの推理小説なので、設計図をきちっと作って、設計図に従って書いていくのが基本です。設計図を作って、伏線を張って、配置した手がかりが決めた通りのタイミングで組み上がって、決めた通り局面が変わって最後に着地する、という流れを全部できてから書いているつもりでした。でも、冷静に考え直してみると、小説はやっぱりアドリブの部分も多いですね。始まりも通過点も着地点も決まっていても、途中でちょっときょろきょろしたり、わき見したりふらふら寄り道したりすることも非常に多い。書く瞬間、勝手に指が動くわけではないですけども、その都度その都度何か生まれているような気もしますね。特に、今書いている小説も、ここを通ってここへ到着しますっていうのは分かっているんですが、変更の余地がありそうだと考えたりします。ストーリーそのものは、どんな人物がどんな会話を交わしてどんなエピソードが入るかなどというのは非常に茫洋としていて、今日書く分は今日決めればいいというライブ感が出ています。推理小説はこうあるべきだろうということから考えると、大丈夫かなと不安もよぎったりしますが、でも小説をライブで書いているって方が多いようですし、そのスリルもまた楽しい。

――今書いていらっしゃる作品の内容を教えていただけますか?


有栖川有栖氏:闇の喇叭』、『真夜中の探偵』の続きになる第3作目で、いろいろな要素を含んだミステリーです。それぞれのお話で、事件が起きて解決っていう意味では完結性があるんですけども、全体を通しての長いストーリーがある。多分私が生涯で書く中で、全何冊かになるような一番長い小説になると思います。着地点はぼんやり分かっているんですけど、まだ確定してないし、どうやってそこまで行くかっていうのは見えていないところのほうが多い。

――何年くらいかかっているのでしょうか?


有栖川有栖氏: 最初に書いたのは3年ぐらい前です。「年に1冊は書かないと」と思うんですけど(笑)。年に1冊といいながら、今書いているのを大急ぎで出しても12月ですから、今年ぎりぎりなんですよね。私にしては長大な作品にかかって、何冊になるか分からないけれど、まだ3冊目なので、それをきちんと書き上げたい。「50代のときあれやったなあ」というような仕事になればいいかなと思っています。推理小説はアイデアをひねり出しながら書かないといけないので、「次のアイデアがいつ浮かぶかなあ」って、なかなか心もとないとこもあるんです。しぶとく頑張っていきたいですね。

――執筆スタイルについても伺ますか?


有栖川有栖氏: 仕事部屋というか書斎があるのに、最近書斎では全く書いていませんね。ノートパソコンを持って、リビングとかダイニングのテーブルとか、テレビの横で書いていますね。ニュース番組とか野球中継とか見ながら書いて、しょっちゅう手が止まりながら(笑)そんなスタイルです。

しゃべるより書くほうが饒舌だった少年時代


――作家を意識したのはいくつくらいからでしたか?


有栖川有栖氏: 子どものころから文章を書くのは好きだったんです。普通、作文の時間って子どもはみんな嫌いですよね。私は好きで、何枚書いてもいいよって先生にいわれたら、10枚くらい書いていた(笑)。「原稿用紙もっともらっていいですか?」とかいってどんどん書いていると、みんなが「おおー、あいつなんかまた原稿用紙もらっているぞ!」っていっているのが、けっこう面白かったりしました。

――書くのがお好きだったんですね。


有栖川有栖氏: 好きでした。遠足や修学旅行に行くと、帰ったらまた作文書けっていわれるなあって分かっていますよね。そうしたら、遠足や修学旅行に行っている最中に文章を考えているんですよ。「ここはこういう描写をする、風景描写が絶対いる」とか、「向こうに見えている半島は何というんだろう、書くときには名前を挙げたほうがいいな」とか地図を見て調べたりね(笑)。そういう子どもでした。

――遠足というより取材ですね。


有栖川有栖氏: これは「おしゃべり」と同じなんでしょう。私は口数が少なくて、人見知りするほうだったし、友達大勢の輪の中心で、面白い話をべらべらしゃべるっていうタイプではありませんでしたが、筆を持ったら饒舌になる。逆におしゃべりな子たちって、しゃべったほうが早いから、書けっていわれたら無口になりがちです。しゃべったほうがみんなにアピールできるっていう人は、文章を書くことが面倒だってなります。絵を描くのがうまい人も文章より絵にしたほうが伝わるとか、そういうことがあるでしょう。

――初めて小説を書かれたのはいつごろでしょうか?


有栖川有栖氏: 11歳のときで、その当時から将来の夢は「小説家」って答えていました。最近はそういう小学生けっこういるんじゃないかと思うんですけども、私が子どものころは、「野球選手になりたい」、「漫画家になりたい」とか、あるいはもうちょっと冷静に「新聞記者になりたい」という子どもは多くいましたけど、「小説家になりたい」なんていう子は、当時は風変わりだったと思います。

――どんなきっかけで、小説家になりたいと思いましたか?


有栖川有栖氏: シャーロック・ホームズに夢中になって、推理小説が好きになって、自分も書いてみたくなったんです。子どもって漫画が好きだったら遊びで野球漫画や、怖い漫画を描いてみますよね。私もそんな風に漫画を書いていたんです。ただ、漫画家になるほど絵はうまくないなと自覚しながら、友達と漫画の雑誌を作って遊んだりしていました。そうこうしているうちに、漫画も面白いけど、「推理小説はなんて面白いんだ」と思った。それで、小説を遊びで書いたんですが、シャーロック・ホームズの物まねみたいな小説を書いてみたら楽しかったわけです。

――その小説はワトソンとホームズの世界観で書かれたんですか?


有栖川有栖氏: 19世紀のロンドンなんてどんなところか分からないので、さすがに書けないじゃないですか。舞台は現代の日本です。でも登場人物はシャーロック・ホームズの設定の相似形。私立探偵がいて、ビルの2階に事務所があって、依頼人が階段を上ってやってくるというのを、原稿用紙にして15、6枚ぐらい、そんなお話を作ったのが最初でした。書いて楽しかったっていうことで十分でした。自分の書いた文って面白いような気がするんですよ。漫画だと面白いとか上手に書けたっていっても、クラスにもっと絵のうまい子がいたりしたら、あの子よりはうまくないとか、自分の絵はダサいなとか思ってしまう(笑)。絵とか野球とかはね、私はクラスで3番目だとか5番目だとか、他人と比べて思い知るんですけど、なんせ小説なんか誰も書いてないんで、うまいと思えばうまいような気がする、書いて楽しい。やめる理由がないですよね。将来小説家になったら、ずーっと家でこんな楽しいことができるんだと思った。実際に小説家をやってみるとそんなに楽しくないんですけども(笑)。そのシャーロック・ホームズの物まねみたいな小説を書いてから、「将来何になりたい?」って質問に「小説家になりたい」って答えるようになりました。作家を志したのが11歳で、最初の本が出たのが29歳。18年ずーっと一貫して変わりませんでした。

――子どものころからの夢を実現されたんですね。


有栖川有栖氏: 結局小説家になったから自分で自分に「良かったねえ」っていってやろうかと思いますけども、でも、危ない橋を渡っていますよね(笑)。なれるっていう保証がないですからね。才能豊かでも世に出るチャンスがつかめないっていう人は山ほどいるでしょうから。そんな人が日本中にたくさんいるだろうなあって想像します。

推理小説の魅力は「現実にはありえないことが、現実に起こること」


――有栖川さんのご家庭は、もともと本がたくさんあるご家庭だったんでしょうか?


有栖川有栖氏: いや、そういう家庭ではありませんでした。父親は雑誌の「文藝春秋」を愛読するぐらい。母親はたまに文庫本を買ってきたり図書館で本を借りたりして小説を読んでいましたけども、読書家というほどではないし、書架があって本がずらりと並んでいるという家ではなかったですね。私は11歳ぐらいから、本の虫になりました。

――本の虫になったきっかけは、やはりシャーロック・ホームズですか?


有栖川有栖氏: 最初に読んだのは小学校3年生か4年生かぐらいに、SFですね。SFを読み出したきっかけっていうのは、SFって漫画の世界に近いじゃないですか(笑)。私が小学校1年生のときにウルトラマンの放送が始まって、私はウルトラマン世代なので怪獣が出てくるようなお話とか大好きだったんです。で、古典的SFですけどA・E・ヴァン・ヴォークトの『宇宙船ビーグル号の冒険』(東京創元社)から入ったんです。宇宙船が旅しているうちに、いろんな星で宇宙生物と出会う。中には凶暴な怪物もいれば、得体のしれない知的生命体もいるというような冒険のSFです。それを読んで、「ああ、こういう話って漫画ではよく読んでいたけど小説っていうので読むと想像力が刺激されて、漫画で読むのとはまた違った興奮があるなぁ。だったらもっと読もう。」と思って、『透明人間』(岩波書店)だとか、ウエルズだのアシモフだのハインラインだの古典的なSFを、片っ端から読んでいったんです。そうこうするうちに、学級文庫のも大体読んだし、本屋さんにある面白そうなのは大体片付けた。図書館でも本屋さんでもSFの横に並んでいるのが推理小説で、「SFがこれだけ面白いんだから、推理小説というのも面白いんじゃないか」と思って手に取ったんです。そうすると、また、違った世界が広がるわけですよ。SFはどちらかというと子どもが慣れ親しんだ冒険とか空想の世界に遊べるという感じですけど、推理小説を読んだときの印象は、がらっと違って大人の世界を垣間見るような感じでした。最初に読んだのはホームズではなかったんですよ。オースティン・フリーマンという作家の『赤い拇指紋』(創元推理文庫)という小説で、法廷物です。それまで怪獣とか宇宙人が出てくるSFを読んで興奮していたけど、裁判の世界なんていうのは、子どもから見たら謎めいていますね。そこで丁々発止と弁護士と検事がやりあって、主人公のソーンダイク博士っていう探偵が弁護している青年の潔白は果たして証明されるのか、というお話。興奮しました(笑)。そのフリーマンの小説は、推理小説としてはそんなにできがいいものでもないんですが、法廷シーンが非常に面白かった。「もうちょっといろいろ読んでみよう」と思って、次に手に取ったのがシャーロック・ホームズでした。名前くらいは知っていましたから、「これは名作なんだろう、じゃあ読んでみよう」と。謎解きの面白さがあふれていて、シャーロック・ホームズというエキセントリックな主人公にもひかれて、「こういうヒーローというのがいたのか!」と思って、それで決定的に推理小説にのめり込みました。いろいろホームズを読んだ後は、『怪盗ルパン』のとか、江戸川乱歩の『少年探偵シリーズ』とかが子どもが読む定番だったので、もう全部読んでやろうという勢いで読み出しました。図書館も利用しましたし、お小遣いもはたいたし、お正月とかに買ってもらったし。近所の本屋さんでホームズとか買って読み終わったら、もう1回本屋さんへ行って、じゃあ今度江戸川乱歩とか買おうとしたりしていましたから。いいお客さんでしたね。クラスの友達とク貸し借りもしました。

――有栖川さんは推理小説のどこにひかれたんでしょうか?




有栖川有栖氏: 私がどうして推理小説が好きなのかっていうのは、自分でもいまだによく分かってないところがあって、同じ様な話ばっかりそんなに読まなくてもいいだろうとか、自分で突っ込むこともあるんですけども、推理小説の何かに魅了されているようです。それは謎解きの面白さとか当然あるんですけど、謎解きがそんなに面白くてたまらないのなら数学者にでもなればいいとか思ったりもするんですが、数学は苦手だし好きでもない。ポイントは「現実との向き合い方」なんじゃないかと思うんです。

――「現実との向き合い方」ですか。


有栖川有栖氏: 子ども時代にシャーロック・ホームズを読んだのは、面白いからだけだったでしょうけども、今思えば、推理小説が現実と向き合うときの態度が好きなんじゃないかと。物理法則が支配した「現実」で、突拍子もない事件が起きたり、これは解けないだろうと思った謎が解けたりする。秘密が暴かれる過程で、超自然なものは絶対介在しない。文学作品では幽霊が出てきて対話するとか当たり前で、それは寓話だとか象徴だってことでいろんなことが起きますけども、推理小説は基本的にそれを許しません。小説のふくらみの部分で数奇な偶然はあったとしても、奇跡はない。物理法則は絶対で、人間は人間の限界の中で生きる。非常に大きな幅があるけども、人間の幅の中で行動する。ロジックっていうのは誰にとっても同じである。AイコールB、BイコールCならAイコールCっていうロジックは徹底している。現実は確固としてあるんだけど、でもAだからAだなんていうのは現実ではないっていうのを突きつけるっていう、その態度っていうのがすごく好きなんじゃないかと思うんです。逆に私がのめり込めない話っていうのがあって、1つはハイファンタジーなんです。幻想的な小説っていうのが大好きなんですけども、いきなりホビット族ですとかいわれると、ちょっとつらい。多くの人を魅了する素晴らしい作品であっても、私はなんかね、ハイファンタジーの世界に入ると戸惑いがあるんですよね。「いや、ホビット族なんていないだろう」って(笑)。それをいうと、「密室殺人もないだろう」と反論されるでしょうが、私の中では区別がある。必然性があって、犯人が行動をする合理性があって、しかも思考の盲点をついた方法があれば密室室人は起こりうるんじゃないかと思っています。魔法のようで魔法じゃないものなんですよね。

――魔法のようで魔法ではないというところが大事なんですね。


有栖川有栖氏: 現実が嫌でうんざりするってときに、ファンタジー小説を読もうとしても抵抗があった。「魔法なんかないし」とか、「時間も超えられないし」って、読みながら突っ込んでしまう。時間を超えるお話ってほんとに夢がありますよね。それに切なかったり大冒険があったりして小説の魅力いっぱいなんですけど、子ども心に、半年前のことを後悔しても取り返しがつかないとか、小さいときが懐かしいなと思っても、過去には二度と戻れないってことを考えてしまった。でもね、ミステリーはアリバイトリックを使えば時間を超えられるんですよ。超えてないけど超えている。Aが行われているときにそこにいられなかったと思っても、トリックを使えばあたかも時間を操作したかのような結果が出せる。時間を超えられないっていう現実に直面したときに、タイムマシンの話よりもアリバイ崩しの話のほうが、自分は何か反応したんでしょう。現実は現実でしかないけど、その現実の中で現実が現実でなくなる瞬間っていうのがある。探偵が「犯人が分かった」っていって、「分かるわけがないでしょう。手がかりもないのに」って返すと、「手がかりはこれだ」と意外なものを出してきて、「この痕跡は何を意味してると思いますか?」というのは、ある種現実が現実でなくなるときですけど、それは奇跡ではない。自分は現実を使って現実が倒れる瞬間が好きなんじゃないかと、後に思うようになりました。

街の本屋さんが減って、少年はどこで本と出会うのだろう


――出版不況といわれる中で本屋さんも大きな変遷をたどっていると思います。有栖川さんが小さいころから通われている中でどのように本屋さんは変わりましたか?


有栖川有栖氏: 本屋さんに1日2回も行っていた私が小さいころの記憶と照らし合わせると、家から歩いて数分の街の本屋さんといったものがめっきり減りましたね。商店街の一角にある、個人経営の小さな本屋さんのような。おじさん、おばさんが配達をしてくれる街の本屋さん。本というのは昔、配達してもらうものだったんですよ。例えば、本屋さんに家族で雑誌の定期購読を頼むわけです。父親は「文藝春秋」、母親は「主婦の友」、お兄ちゃんは「小学6年生」で弟が「小学3年生」とか。それをいっておけば発売日に持ってきてくれる。本屋さんが日常的に出入りしていますから、子どもがこんな図鑑を欲しがっているからとか、漫画のあれが出たら持って来てくれとか、小説でもなんでもいえば届けてくれて、月末に集金していく。そういうことが普通の風景でしたね。

――家庭の中で本屋さんの役割がすごく大きかったんですね。




有栖川有栖氏: 本屋さんはお客さんの家族構成が分かっているので、「上のお姉ちゃん中学ご進学ですね。何か買ってあげる本がありましたらいってください」などといってくれるんですね。園芸が好きな家だったら、「今度園芸のいいシリーズが出ますけど見てください」とか、歴史が好きなお客さんには、「日本史の新しい全集が出ますよ」とか。本屋さんにしては非常に手間でしょうが、マーケティングの材料はいっぱいあったっていう感じです。まあ、昔ながらの本の売り方っていうのは、今は難しいでしょうけどね。小さい本屋さんだと後継者問題や、本の売れ行きが減少しているとか、大型書店が出店すると経営が難しくなったりとかあって、街の本屋さんが消えていくのはやむを得ない側面もありますが、残念な気はします。正直いって私も、最近本を買うのは、大型書店かネット販売です。でも、私が今11歳だったらどっちも利用できないですよね。子どもは行動半径が町内ぐらいでしょうから、近所の本屋さんで、「こんな本もあるんだ、あんな本もあるんだ」と、本っていっぱいあるなって思いながら、だんだん視野が広くなっていくってことを体験できなくなっていますね。小さい本屋さんであっても、最初は数点の本しか見えないのが、その数冊の本が棚1段見えるようになって、2段3段と見えるようになって、店中見回したらこんなに本の世界ってあるんだなと気づく。子どもにとっては、だんだん目が開いていくような感じ。で、中学くらいになって、「今度文庫本これとあれと買おう」、「どっち先に買おうか迷うな」、なんていうところから読書家っていうのは歩き出す。そのステップが楽しいし、とても大事だと思います。

――小さい書店がなくなってしまって、本との出会いが少なくなっているのかもしれないですね。


有栖川有栖氏: 町内の中学校に通っている13歳の子っていうのは、本と出会うことが昔より難しいかもしれない。13歳くらいだと、ターミナルの本屋さんに行くのは、親と一緒にお出かけしたときだけみたいになりそう。日常的に近所で本と出会って、お小遣い握り締めて、「今度これ買って、その次はこれかなあ」っていう時間というのに変わるものがあればいいんだけどなあと思うんですが。

買うというより「本屋から持って帰る」感覚


――本を探すときは、有栖川さんは書店へ行かれるんですか?


有栖川有栖氏: そうですね、本屋を見たら吸い寄せられるタイプなので。本屋さんで何冊も本を買って、どこかで晩御飯を食べてお店から出てきたら、もう1回本屋へ行きたくなっていますからね(笑)。さっきの本屋より小さい本屋を見て、「もう1件行こうかな」。

――ご自宅に本があふれかえっていらっしゃいますか?


有栖川有栖氏: 当然あふれかえっています。本屋さんに行くのは、本を買っているというよりも、あれもこれもどうせ買う、だから順番に持って帰っているくらいの感覚がありますね。じゃあ、今日はこれを家に移動させるわという感じで、お金を払っている(笑)。

――書斎も含めてご自宅は、どんな感じですか?


有栖川有栖氏: 書斎は、わが家の中で一番広いですよ。それでも棚から本があふれていますけど。前はマンション住まいで本が置けなかったので、今の家に8年ほど前に引っ越したんですけど、本を買うために本を書いて、お金をためて家を建てて、本を並べる。最初から本を読まなかったら働かなくていいんじゃないかというようなマッチポンプぶりですけどね(笑)。でも、いくら書庫を頑張って大きいのを作っても、あふれますねえ。本のために本を書くっていうのは、もう運命ですね。

電子書籍で絶版がなくなることを夢見ています


――有栖川さんは、電子書籍についてどうお考えになりますか?


有栖川有栖氏: 少し触ったことがあるという程度なのですが。それでも試してみて、いいなと思うところがありました。紙の好ましい質感やページをめくる快感はありませんが、片手で持てる中に1000冊分の本が入れられてどこでも持って歩けるのはやはりメリットです。紙の本と電子の本には相反する魅力がある。「この部分で競争してこっちが勝っている」とかっていうのと違う。そもそも、魅力、メリットが違いますから。本当は、自分が持っている全ての紙の本を電子書籍でも持っていたいですよね。希望としては紙の本を買ったら電子書籍もおまけでつけてほしい(笑)。「両方とも買え」といわれたら不経済すぎて無理。

――紙と電子とは、そもそもの土俵がちょっと違うんですね。


有栖川有栖氏: どっちにもいいところもあります。一覧性とか操作性とかでは紙のほうが絶対いいですよ。ぺらぺらぺらーっと見ながら、「好きな場面があったんだ、どこだったかなあ」っていうときに、スクロールしながら該当箇所を捜すなんて、考えただけでも気が重い。ぺらぺらぺらーっと見たら、2周目ぐらいで、「そうそう、この辺がジーンときたんだ」とか思い出せる。その一方、600ページくらいあるような本を残り30ページくらいまで読み進んで、出かけるから持って出たいときに、30ページのために600ページまるごとを持ち歩くのなんてばかみたいだと思うんですよ(笑)。こんなときに電子書籍があったら、そっちを選びたくなりますよね。

――なるほど、共存していくものなのかもしれないですね。


有栖川有栖氏: 作家として、読者としても、電子がいいなと思うのは、絶版本がなくなる可能性があるということ。これは、作家としても読者としても夢だった。専業読者だったころは、もう欲しくてほしくてたまらない本が品切れだというので、学生時代から古本屋さんを1件1件探して、地図なき宝探しのようなことをやっていて、「これもロマンだな」と思ったりしていました(笑)。見つけたときは思わず目をこするくらいでほんとに、「ついに来た!」っていって面白かったんですけども、でもつらいんですね。とうとう見つからない本とか。どうしたら読めるんだろうとか、もどかしい。それがなくなる。戦前のマイナーな探偵小説作家の短編で、つまらんってみんながいっているけど、妙に気になるタイトルが読めるとかね。非常にカルトな作家の作品で癖が強くって、とても復刊の見込みもないけど自分の好みに合っているような気がするっていう本が、読みたくなったら、数秒で自分の持っている手元に電子情報で飛んでくるなんてそれこそ夢でしょう。最近書籍の出版件数が多すぎるっていうのもあるのかもしれませんが、書き手としても、書いたものがたちまち店頭から消えていくという悲哀を作家はみんな味わっています。よっぽどの現役バリバリの流行作家でなければ、自分の本がいつまでも本棚にあるなんてことはない。それはね、もう、なんていうか、やっぱり残念なんです。

――そうですね、点数が多ければサイクルも早くなってしまいますね。


有栖川有栖氏: 世の中全ての本を本屋さんに置けるわけないし、この世にとどめておけるはずもない。それは分かっている。だって「あなた自身も、1冊出したらもうすぐ次の本を書いているじゃないか」ってことになりますから(笑)。でも、ごくごく少数だけど自分の小説を面白いといってくれる、自分の小説の中でも風変わりなものを書いてしまって評判が悪かったけど、好きな人はあれがいいっていってくれる本があって、出版社もビジネスでやっているんで、重版したりあるいは復刊したりとか、とてもできないだろうってときに、電子書籍だったらどうなのかなあと考えます。いったんデータにしたものは、読みたいという人が年に2人しかいないような本でも、その2人には読んでもらえるとなったら、積年の夢がかないます。

――そういう意味では、電子書籍はすごく可能性をもたらすものですね。


有栖川有栖氏: 実は、自分の中で電子書籍の意味って何が一番大きいっていったら、自分の本が半永久的に品切れにならないんじゃないか、という期待です。10年に1人読みたいという人が現れてもその人には届くんじゃないかと思うと、ほかのメリットよりも魅力的です。

本が好きだから本が買えないパラドックス


――読者が、住宅の本を置くスペースなどの関係で、書籍を裁断し、スキャンすることで電子化されることに関して、どのように思われますか?


有栖川有栖氏: 今は出版不況だといわれていますけども、本を買わない理由は2つある。1つはお金の問題。読書家というのは、お小遣いで買いきれないぐらいの本が欲しい人たちだから(笑)。ようするに、欲望が大きすぎてお金が足りないわけです。「お金がない」というときに、本をあんまり読まないから、本を見ると「思っていたより高いわね」っていう人と、1冊1冊は高くないんだけれど、「俺はあまりにもたくさん読むからお金が追いつかないんだ」っていう人と2種類ある。私は昔から、自分のお小遣いでは買いきれないぐらいの本が欲しくなるタイプの人間だったので、お金が足りないという人の気持ちは分かるんです。本を買わない理由の2つ目は置き場所の問題。本が好きな人ほどお金が足りないし置く場所がない。私の友人で図書館をフル活用している人がいます。彼は一流企業の重役で、きみが本を買わなかったら誰が買うんだと思う。彼は学生時代からの友人で、すっごく本を読むんですよ。そんな彼でも図書館かと(笑)。彼は本が大好きなんですが、それでも買わないのは置き場所が最大の問題なのだろうと推察しています。

――結局それによって、出版社や著者へ還元されていないんですね。


有栖川有栖氏: 先ほど書き手としては、電子書籍ならば絶版がなくなるのがありがたいといいました。では、読み手としてはどうか。読書スタイルが多様化することに勝るとも劣らぬメリットは、置く場所、スペースの問題から解放されることかと思います。

――BookScanも創業時、住宅事情から「家にある本をどうにかしたい」から始まりましたが、出版業界や著者の方も含めてみなさんが活性化する、簡単にいうと利益をちゃんと享受できる仕組みをなんとかして作ろうとしています。


有栖川有栖氏: 出版界にお金を還元してくれるのは新刊を買ってくださる方だけです。といって、図書館や古書店も悪者じゃないんですけどね。自分だって図書館利用してきたし、今も利用することあるし、古本屋の何が悪いといわれたら、何も悪くないどころかありがたい存在です(笑)。自分の買ったものをどうしようが法律的になんの問題もないし、「読んだ本がたまったら捨てればいいのか?」っていわれたら、捨てられるより古本屋さんに売られるほうが、新しい読者との出会いがあって本も著者もいいだろうな、という気持ちにもなる。また、スペースがなくてもうこの本を家に置けないけど、手放す前に電子化したいっていうんだったら、「ああ、そんな風に思ってくれるんだ」とは思いますよね。作家で本をバラすのに抵抗があるという人がいます。まあ私も抵抗ありますが、本という形を犠牲にしても中身を残したい気持ちも理解します。でも、バラした本をスキャン用に転売することは法律で禁止されるべきだと考えます。それは出版に関わる全ての人間への不当な攻撃で、かつ本への侮辱だからです。人間が働いた成果なんですから、対価はとにかく安ければいい、無料ならベストというものではありません。

作家という職業が成立しない時代が来るかもしれない


――おっしゃる通りだと思います。著者も読者も幸せになれる仕組みが必要ですね。


有栖川有栖氏: いろいろ難しい問題あります。個人のものをどう使おうがっていう、バラした本を売るのもなぜ悪いっていう形式的なロジックもあると思うんですよ。でも、複製コピーが大々的に流通するようになり、1冊の本をスキャンして無制限に増殖させたら、古本屋さんも図書館も全部要らなくなるでしょう。まあ非現実的ですけど、1人が本を買えばあとみんなコピーしましたといったら、本は1冊でよくなってしまう。何か仕組みを作らないと、小説家という仕事が職業としてもう成立しなくなる時代が来るかもしれない。その時代、年齢からして私は生きていないでしょうけれど、後の人たちが大変です。「金を払って読むほどでもない」という本だけの世界になりかねない。文化的な壊死ですね。

――創作意欲を高めて、より良い作品をこれからの世の中に広めていくためには、還元されて、作家としての生活していくことが必要ですね。


有栖川有栖氏: 作家が職業として成立した時期っていうのは実は短いとか、近代になってからだとかいう見方もあったりします。まあ議論の余地はあるかもしれませんが。ただ、時代の流れで、なし崩し的に小説を書いて対価を得られる時代じゃないんだってなるっていうのは、いいのかな?と思います。本ってCDよりもっと安いですよね。映画その他に比べても総じて廉価なものです。そんなものを違法にコピーして作ったり買ったりメリットが小さいはずだし、本ってそんなに大量に消費できない。月に10冊も読んでいたら、「10冊も読んでいるんですか!」っていわれる。でも、値段にしたら大した額ではありませんよ。月1万円程度で済む道楽なんて、世の中にそうはない。いくら好きでも月100冊は読めないから、消費する量が決まっている。そんなものをじゃんじゃか違法に売り買いしてどうするんですかと。

――大量に消費できないものだからこそ、購入して読むということが大事ですね。


有栖川有栖氏: 電子書籍になって、本を読むスタイルが多様化して読者層が広がり、出版界に利益をもたらせばいいかなと思うけど、不安も抱きます。電子書籍は必要なときに買えばいい。これまでは、本屋で面白そうな本を見たら、私などは「一期一会。今買っておかないと」思って、ただちに買っていたわけです。でも電子書籍だとそれをしなくてよくなります。どんなカルトな本でも、読もうっていう瞬間に買えばいいわけですから。だから皮肉なことに、読書家が本に使うお金って減るかもしれないです。自分のことなのでありありと想像がつきますよ(笑)。初版に飛びつくこともない。コレクションをしない。そんなことも考えられます。作家とか出版社にしたらちょっと当て外れ。読者にしたら無駄がなくなる。と思っていたんですが、電子書籍をどんどん購入して、もう「電子積読」になりかけている人の噂を耳にしました。どうなるんでしょうね。

プラットフォームに依存する電子書籍は買ったもの? 借りたもの?



有栖川有栖氏: 全集本っていうのは場所取って重くてしょうがないんですけども、それもまた楽しい。大好きな作家だからその人の全集を買うんですけど、持って歩けないからなかなか読めません。美しい造本の全集を棚に並べる喜びを味わいつつ、中身は持ち歩きやすい電子書籍で読めたらいいな、といったことも考えてしまいます。やっぱり紙と電子と両方とも持っていたい本がありますね。

――紙を愛する人も、電子を必要とする人もどちらも満足できる仕組みが必要ですね。


有栖川有栖氏: 基本的なことを伺いますけど、生まれたときから電子書籍で育って、本の虫になって、家に5000冊ダウンロードした人がいたとします。この5000冊をその読書家は所有しているといるんでしょうか? Amazonで買った5000冊、Amazonが倒産したらどうなるんですか?

――確かにAmazonではありませんが、一部プラットフォームの閉鎖にともなって電子書籍が読めなくなるケースがありましたね。


有栖川有栖氏: 今恐怖を感じました(笑)。パソコンはそう簡単になくならないでしょうが、レコードやビデオの衰退を見てきていますから安閑としていられません。パソコンなんて数10年後にはなくなっていて、生まれたときにみんな頭にインプラントして埋め込むようになっていたりして。そこまで先のことは考えないとして、もっぱらKindleで読書していたら、Amazonが倒産したとたんに読めなくなるのなら悲劇です。そんなことを心配してしまう。旧世代の杞憂でなければいいのですが。

編集者がチェックしない本を出すのは不安ではないのか?


――たくさん可能性があったり、懸念もある電子書籍ですが、電子書籍の登場によって、セミプロの人たちも出版しやすくなったというのもあると思います。そういう状況において、出版社や編集者の役割はどういった点にあると思いますか?




有栖川有栖氏: そもそも「編集」というのは何なのか、ということがクローズアップされてくるでしょうね。編集者の目を通さなくても、誰でも作品を世に出し、誰でも販売できるってなったら、じゃあプロって何だって話になります。プロは出版社が発売元になっているんだ、編集者という人がパートナーとしてついているのだ、ということで区別されそうです。きれいなイラストをつけたり、スマートなデザインを施すということは、電子書籍でもつけられるでしょう。すると、何が一番のポイントになるかというと、編集者の有無ですよね。編集者っていうのは、字が間違っていますとか、言葉遣いや文法が変ですとか、文章の掃除してくれるだけの人なのか、あるいは作品の中身に影響を与えたり、作家の成長を促してくれるところまでしてくれる人なのか。前者なら「報酬をくれたらやりますよ」という人材がたくさんいそうですが、後者は簡単に見つかりそうもありません。一流の編集者がパートナーになっている人と、俺は俺で勝手に書いている人とで質的に違うならば、やっぱりプロとアマチュアの垣根っていうのは消えはしないかもしれないですね。編集者というのは、これから存在理由を問われる(笑)。実績のある作家にしても、独立して印税が今までの何倍にもなるとしても、編集者に「もうけっこうです」といったとして「俺、やっていけるのか?」と。そのとき実績もあって実力も蓄えたんだからっていって、客観的に作品を見てくれるそのプロフェッショナルから離れていいの?って思います。自分の可能性や能力が狭くなっていくかもしれないけど、そういうのは承知なんだなって、作家が自問する場面もあるかもしれないですね。

――ますます編集者の役割が明確になっていきますね。


有栖川有栖氏: 私は物書きになって20年以上になりますが、自分の書いたものは何人もの人の目を通って読者のところに届くっていう意識っていうのが常にある。ブログを書いたりTwitterしてる人いっぱいいますよね。私があの本を読んだ感想はこうだとか、私の日常はこうだとか。プロの作家もどんどんやっていますが、私は気乗りがしないのでやっていません。そういうものを書かない理由の1つは、誰の目も通ってない文章を世に出すことに抵抗があるからです。自分しかチェックしてない文章というのを公表するのを私はためらうんですよ。かといって、知り合いの編集者さんに「じゃあ、私がブログをチェックしてあげましょう」といわれても嫌ですけれど(笑)。自分が面白いと思ったからもうゴーだというのと、誰かにチェックされてからゴーなのかというのは、書くときの心構えからしてかなり差があるような気はしますね。

自分が面白いと思うものを一緒に面白がってくれる人が増えるとどんなに楽しいだろう


――最後に、読者の方にメッセージはありますか?


有栖川有栖氏: 自分の書いた本を読んでくれっていう願望は当然ありますけども、それだけではありません。さっきいったように私、子どものときから推理小説が大好きで、「ああ、こんなのを自分は書きたいな」「こういう面白さがあるなあ」という世界に自分も飛び込んでいきたいと思い続けて現在があるので、「あなたは推理小説がうまいね」っていってもらいたいのだけではなく、「推理小説って面白い」といってほしい。それも、私の好きなタイプの推理小説を好きな人が増えてほしいなあっていう思い強くあります。私が面白いと思うものを一緒に面白がってくれる人が増えるとどんなに楽しいだろう。そんなことをいったら、「あなたが好きなものって何なの? はっきり説明してください。作品で示してください」という言葉が返ってきますから、それをずっとやっているわけです。「私、推理小説うまいでしょ?」っていうより「私の好きな推理小説ってこんな感じなんですけどね」っていうのを表現しているのかな。時代がたつと推理小説ファンもいろいろ変わってきますから、私から見て「ああ、そういうタイプの小説が最近人気なんですねー」とか「そんなのは昔なかったけど、ああ、なるほどね。それもありかな」とかいろいろ思うところはあります。それでいいんですけど、「私が好きなのはこういうもの」という作品を、これからも書いていきたいと思います。

(聞き手:沖中幸太郎)

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