時代の変化を肌で感じる、それが本当の経営者
――松下電器とアップルで管理職の違いは?
竹内一正氏: 松下電器で私はずっと新製品開発をしてきましたが、痛感するのは松下の経営幹部や中間管理職は全然勉強しないんです。例えば、私がハイビジョンビデオカセットの開発していた時、開発目論見書を書く。それがどんな製品で未来にどんな可能性があるかを部長に説明するわけ。でも、「これはこういう技術で、こんな原理を使い」と基本的な説明からはじめないといけない。しかも、何回説明してもすぐ忘れちゃう。もっと言えば、自分の事業部がどんな製品を作っていて、なぜそれをお客さまが買うのかすら分かっていない。一方で、アップルをはじめ外資系企業の社長や管理職は、すごく勉強し製品を自分で使ってみますよ。この差は大きい。
――スティーブ・ジョブズは自分で製品を触って考える?
竹内一正氏: そのとおりですね。ジョブズは、自分のアイデアと発想が正しいことを証明するためにアップルを経営していたと言っていいでしょう。トップになれば自分の思う通りの製品が作れますから。ところが、松下電器では、新開発をするのに、まず上司の決裁を取って、経理部長に説明して、さらに製造部に説明して・・・。で、みんなが前向きに理解するかといえば、至って保守的なわけですよ。今の製造ラインも仕事の仕組みも変えたくない。ところが私のやる新製品開発というのは、今とは全く違う技術を使って、今とは違う作り方、売り方をしなければならない。それを受け入れられる人は、なかなかいなかったですね。できない理由ばかり並べ、その後ろに隠れたがる。新しいことをやって失敗したら、「失敗した」ことがマイナス査定となりますしね。あるとき、新製品の説明を会議でしたら、会議の席で面と向かって反対の声は出ないんですが、終了後にある課長が近づいて来て「竹内君、そんな海の物とも山の物とも分からないものを作っても、どうせうまくいかないからやめとけ」って。そんな人たちを押しのけて新製品を生み出さなきゃいけない。生産技術課長を口説き落とし、経理課長にウソをつき、営業課長を半分だまさないと、前に進まない。大企業病に松下は陥ってましたね。だから、自分がもっと権限を持ってディシジョン・メイキング(意思決定)できるポジションに就きたいと、すごく思っていたんです。アップルへ転職を決めた理由はこれでした。そして、松下電器にいると、10年後の自分が分かるわけですよ。
――10年後の自分ですか。どうしてわかるのでしょう?
竹内一正氏: 10年先に入った先輩を見れば分かる。出張に一緒に行けば、愚痴ばっかり。「事業部長が認めてくれない」、「営業がダメだ」。じゃあ、会議の席でそれを言うのかといえば、何も言わない。で、10年居てもこんなもんかと先が見えてしまい、人生がもったいないと思って。それに比べて、アップルの取り組むMac OSのライセンス化は全く新しい事業で、「竹内さんがリーダーになって全部やってほしい」みたいな話でしたので、それはもう願ってもないと。今でこそアップルは時価総額世界一ですが、当時は潰れそうな会社だったわけです。新聞紙面でもアップルは潰れるって目にすることが多かった。でも、誰がやっても成功しそうなことに手を伸ばすより、こりゃあダメだろうって事業を成功させることの方がカッコイイってマインドが私の中に育ってたんですね。新製品を開発し、赤字事業を立て直した体験がもたらしたんでしょうね。で、アップルへ行こうと決めた。
――実際にアップルへ転職して、いかがでしたか?
竹内一正氏: アップルでは、一人ひとりがそれぞれの仕事を全部任されている。自分が正しいと思うことをやればいいし、周りがとやかく嘴を突っ込むこともない。何かをやるためにアップルに入ったのだから、失敗したらどうしようと身を竦めたりしない。安全運転をしてアップルで出世、栄達を遂げたいなんて思っている社員は一人もいなかったですよ。アップルにいる間に人脈を作り、スキルアップし、いずれは自分で会社を興すか別の会社でさらに高いポジションに就く。アップルに人生と将来を委ねますなんて羊のような社員はいなかったですね。でもこれって、健全だと思います。年功序列も無論なく、男女差別も全くない。松下電器にいたころ、中央研究所で働いていた若い女性研究者がベンチャー企業に引き抜かれたことが話題になりました。ベンチャー企業は開発部長というポジションをオファーしてきた。でも、松下電器にいたら係長にもなれない。で、優秀な女子社員がどんどん外に引き抜かれていくと。でも、アップルをみると会社の経営中枢に女性がいくらでもいる。それが会社の活力であるし、フェアな状態を作っている。会社は赤字で混乱はしていましたが、うつうつとした状態でため息をつくような社員はアップルに一人もいなかった(笑)。
――アップルは見事に立ち直りましたからね。
竹内一正氏: スティーブ・ジョブズが成功したのは時代の変化にうまく乗れたからです。本当の経営者は、肌感覚でそういうことが分かる。松下幸之助もそうでした。世の中が変化する時代。大正から昭和初期の頃、着物だった人たちが洋服になり、サラリーマンがワイシャツで生活するようになる。あのころ、アイロンは輸入品しかなく、富裕層しか買えなかったんです。でも庶民がどんどんサラリーマンになってワイシャツを着る。松下幸之助は、「輸入品よりも安く高信頼性のあるアイロンを作れば飛ぶように売れる」と言って、日本が1年間で作る数のアイロンを月産で作れるような設備投資をしろと言った。「そんなの作っても売れない」って幹部はみんな反対しましたが、「絶対売れる」と。常識で考えれば売れないよね、12倍作っちゃうわけだから。でも、売れるどころか、足りなくなったんですよ。 経営者に必要なのは、変わっていく時代をどう見極めるか。ジョブズがiPodを出した時でも、まさか2億台も売れるなんて誰も思わなかった。iPhoneを出した時なんて、「パソコンメーカーが携帯電話!?」ってNTTdocomoの社長がせせら笑ったのを覚えています。でも結果的に言えば、ジョブズの方が先が見えていた。経営者に求められるのは、そういうこと。未来が見えている経営者は、少ないと思います。欧米でも日本でも、若者の失業率は致命的。しかも、日本は企業の絶対数が減ってるんです。つまり、新しい産業を興さない限り、若者を受け入れるイスはないんです。それなのに、経産省も厚労省企業も、数少なくなったイス取りゲームのイスを、どう取るかばかりに熱中している。
――イスを増やすことを考えずに、少ないイスを取り合っているんですね。
竹内一正氏: そう、イスの絶対数を増やさなければいけない。昭和初期に松下幸之助が時代の流れをとらえて新しい製品を作ったように、ジョブズがiPodやiPhoneを作ったように。そのために、社会に必要なのは、多様性を認める寛容力。「わけの分からん若造なんか」と言わずにね。ジョブズなんてKYの典型ですよね。人が何を言ったって知ったこっちゃない。でも、突き進むバイタリティーがある。だから、ジョブズと働きたいって優秀な連中が集まってくる。ジョブズに金を出したマイク・マークラという個人投資家がいますが、ああいう、「わけは分からないけど面白いかも」というものにお金を出す大人が必要なんです、日本にも。お金を貯めることは、それはそれで重要ですが、一番重要なのはお金をどう使うか。スティーブ・ジョブズや、かつての松下幸之助が生まれて創業した時のように、わけの分からない奴らを、社会が受け入れバックアップする風潮が生まれないと、日本は1400兆円の個人資産を持ったまま沈没してしまう。
晴れた日に、力のある人材は生まれない
――偉大な経営者には、何か共通するスピリット、マインドがあるように感じます。
竹内一正氏: 私が本を書く理由の一つは、読者に勇気と元気を与えたいから。まじめにコツコツ働いているけど報われない、失敗して挫折している、そんな人たちに「いやいや、スティーブ・ジョブズなんてこんな失敗したのに、乗り越えてこんなすごいことをやったのよ」って。松下幸之助もね、すごく失敗しているんですよ。失敗して恥をかくなんて当たり前ですよね。失敗したり恥をかいたりすることの方が身に付きます。楽天の野村元監督もね、「負けに不思議な負けなし」って言うんですよね。成功は、なんで成功したのか分からないけれど、失敗からはいくらでも学べるんです。失敗した時には、明らかに理由があるから。ところが、日本は学校で、「失敗するな」としか教えない。これが日本をダメにしている。エジソンだって松下幸之助だってジョブズだって、山ほど失敗してきたんです。学校で教えるべきことは、失敗の仕方ですよ。1の失敗をして1しか学べないような失敗はダメなんです。1の失敗をして10を学び取る。そして、失敗した時にどうやって立ち直るかを、日本の学校は教えなきゃいけない。
――人は失敗して育っていくのですね。
竹内一正氏: そうです。松下幸之助が、昭和初期に社内にいち早く社員研修所を作った理由はなぜか。社員を育てるには、会社を危機に陥れるのが一番いい。会社が危ない時にこそ社員は育つと悟ったからですよ。でも、社員を育てるために毎回毎回、会社を危機に陥れるわけにはいかないでしょう。だから、社員研修所を作ってそういう勉強させていきたいという発想で作ったんです。晴れた日には、力のある社員は生まれない。ジョブズもアップルを追われて、失意の30代と言う屈辱の体験があったからアップルに戻って成功した。土砂降りで北風が吹いてがけ崩れになって足首まで水に埋まるような状況になって初めて、底力って養われるんですよ。それは、私も松下で赤字事業部を経験して実感しました。
――そういった体験が、本の中でもストレートに表現されていて心に響きます。
竹内一正氏: 松下幸之助が松下電器を作り、30代で飛躍的に大きくしていった時の社員は、松下幸之助を喜ばせようと、褒めてもらいたいと思って必死になって働いたんだと思います。創業当時の松下電器なんてね、小学校の臨時職員をしてたけどケンカして辞めて、知り合いに紹介されて来たとかね。そういうあぶれ者ばっかりだった。松下幸之助に出会わなかったら、そこら辺の町工場のオヤジで終わっているような人たちが、一部上場企業の社長にまで成長した。何万人という社員のトップとして色んな経済誌にも取材されるような経営者になる。これが、経営の面白さ。お金は、一万円は一万円の価値しかない。でも人間は一人を10倍にも100倍にもできちゃう。結局、松下幸之助もジョブズも、家柄やお金があるわけじゃない、大学を出ているわけでもない。それでいて、周りにいる人を、その気にさせ、能力を本人が想像もしなかったほど大きく開花させた。
著書一覧『 竹内一正 』