電子的に流通してきたアカデミックな情報インターネットと組み合わせると電子書籍の可能性は広がる
経済学というと、難しい金融の話なのかと思いきや、一般人にも身近なリサイクルや省エネなどを扱う環境経済学という分野があるそうです。その分野をテーマとする青山学院大学経済学部の松本茂教授は、農業経済学にも精通し、花を愛する心やさしき研究者。大学、研究者などといったアカデミックな分野で電子媒体がどのように活用されているのか、いまどきの学生さんは本を読むのかなど、ここでしか聞けない話をお聞きしました。
電子書籍、「リンク」でさらにその先へ
――最近、電子書籍の端末がいろいろ出てきました。松本さんは、iPadなどで本を読まれることはありますか?
松本茂氏: 僕ね、恥ずかしながらまだ読んだことないんです。携帯電話もまだスマートフォンじゃなくて、アナログです。通信費の問題も大きな理由かもしれないけど、携帯電話は1回壊しちゃったことがあって、Gショックのような頑丈なスマートフォンがあればいいんですけど。学生さんはみんな完全にスマートフォンを使っていますね。僕が宿題を出してネットにアップすると、すぐにiPhoneを持ってきて「先生の宿題のここがわかんない」って見せられるんで、時代は変わったなと思いますね。電子媒体へのアクセスは、みんな学生さんのほうがずっと早いですからね。
――電子書籍に対して抵抗はありますか?
松本茂氏: 基本的に、電子書籍に対する抵抗は、全然ないですね。ほかの方がいわれているように、電子媒体で本を読めるとなると、やっぱり一番気になるのは、どれぐらい読める本が多いのかというバラエティーですね。もし電車の中で小説とかを読むとなると、新しい作品を読みたいじゃないですか。そうするとまだ、提供されているコンテンツはちょっと弱いのかなという気はしますよね。
――ほかにどんな機能がつくといいと思われますか?
松本茂氏: もし、キーワードからリンクを張れる機能がついてくると、面白い展開があると思います。例えば学習教材が電子媒体になった時、本を読んでいて、わからないところがあった時に、調べる機能がついてくると、かなり使いやすいですね。普通の本だと電車の中で読んでいて、どこかわからないところがあったら、そこでアウトじゃないですか。それ以上調べる手だてがない。電子媒体は、その先に広がっていけるようになってくると面白いのかなと。多分それが電子書籍の強みになるんでしょうね。 昔だと、例えば学術論文の後ろにレファレンス(参考文献)が載っていて、それを頼りに図書館に行って一生懸命必要な文献を探さなければなりませんでした。今は、この世界でいえば、オンラインジャーナルなど電子的に提供されるようになっているので、知りたいことはどんどん調べられる。本でもそれができるようになるとありがたいですね。例えばハリーポッターの1巻目を読んだあとすぐに2巻をすぐに読めるとか、もしくは同じ作者の本を、続けて読めるとかね。そういうしくみができるといいですね。
――お仕事のスタイルについてお伺いしたいんですが、普段、執筆はどのように行われていますか?
パソコンが身近な世代、操作がスピーディー
――教育者の立場として、電子媒体は、どんなところに活用できそうですか?
松本茂氏: 青学は、図書館とか小さいんですよ。都心のキャンパスで、地価が高くてスペースも限られている。こういう大学では、書籍や雑誌を電子媒体でストックしていくっていうのは、省スペースだし、物理的なメリットが大きいですね。それからほかの先生がすでにやられていることなんですけども、今の大学では、先生によっては出席をスマートフォンでとったりします。1時間講義をして残り15分でクイズを出したりして、スマートフォンを使って試験をさせているらしいんですよ。その先生にいると、僕はまだマークシートで試験をやっているからアナログらしいんです。彼はそれを全部電子的にやって、答えも選択肢から選ばせるようにする。そうすると瞬時に答えが返って来て、それで採点も終わっちゃう。そうすると学習効果の向上にもなって、効率もいいんでしょうね。進んでいる先生はそういうことをやっていますね。もちろん出題のしかたは、択一とかスペルチェックとかそういうのしかできないでしょうけども、それでもやらないよりはいいんじゃないでしょうかね。
――学生はスマートフォンでのテストに抵抗を感じず、受け入れているんですか?
松本茂氏: 若い学生は本当に、そういったことに抵抗がないんですね。誰でも確実にパソコンを扱える。大学の3年の授業で、パソコンで統計分析の初歩みたいなのを教えているんですけど、10年前まではExcelを使うにしてもけっこう時間がかかったんです。でも今はものすごく速い。中身がわかっているかどうかは別ですけども、とりあえず操作は速いです。西暦2000年前後の学生さんと今の学生さんじゃ、そういうものに対する抵抗感は全然違うと思いますね。今の大学生は、生まれた時からまわりに電子機器があふれていて、物心がついた時からパソコンもあったから、全く抵抗がないですよね。昔は、入学した時に大学で、わざわざパソコン教室を開いて教えていたじゃないですか。今はそれが必要ないんですね。触っていない人がいないから。
――そうすると教えやすくなっていますか?
松本茂氏: そうですね、20年前はゼミで12人、15人いると、中に全くパソコンを触ったことがない子がいたんですよ。そうすると、その子たちをフォローしないといけないんですけど、今は当時とはアベレージが違うので、なにごともスピーディーです。速くなりましたね。だけど彼らが内容をわかってやっているかっていうと、その点は変わってないなとは思います。要は車の運転と一緒で、車がどうして動いているとか、エンジンがどうなっているかとかをよくわかって動かしてないんだけど、動かすのは動かせるんです。昔に比べると本当に操作はうまいですよ。
10年前から始まっている学術論文の「検索システム」
――青山学院では、経済学を教えていらっしゃるのですか?
松本茂氏: 大学では、基本的に主に担当しているのは環境経済学という授業と、それから農業経済学という授業を担当しています。毎年12名ぐらいのゼミ生を2学年とって24人ぐらいのゼミ生に、卒業論文の指導をしています。あとはほかの先生方と一緒ですが、学会等に行って、論文を書いたり報告をしたりという形ですね。普通の大学の先生です。
――お仕事はいつも研究室でなさっているんですか?
松本茂氏: 講義がある日、それから研究会がある日、教授会がある日は、大学に来て研究室で仕事をしています。あとは非常勤で教えに行っている別な大学もありまして、そこに行く日はそちらで仕事をして、あとはうちで仕事をする日もけっこうありますね。
――その場合は、パソコンは使われていますか?
松本茂氏: パソコンはいつもノートブックを持っていて、出張にも持って行きます。時々、インターネットで論文なんかを見ることもありますが、気になるものはPDFなどでそのまま保存しておいて、いざ読む段階になるとプリントアウトして、線を引っ張ったりする。デジタル化してずっととっておくっていうのは多いですね。
――先生ご自身でスキャンされることも多いですか?
松本茂氏: 直接スキャンをしてしまうこともありますし、学生さんたちが到底買えない高価で分厚い専門書などだと、コピーをしてからスキャンをして保存したりすることはあります。その資料をフォルダに入れてネットに上げておくと、学生さんもそこから見ることができるので、そういう使い方もします。学生が自分で専門書籍の投稿論文を探すのは、すごく大変なんですね。だからデータベースみたいなものを作って、例えば「この分野の本であればこれを見よ」というのをとっておけば、毎年使えるし、共有がしやすいのでそういう意味では便利かなと思います。
――だいぶ電子化が進んでいらっしゃるんですね。
松本茂氏: 理系の先生は、電子化がもっと早かったと思いますよ。文系の先生はいろいろ分野によって違うと思いますが、理系の先生は基本的に、専門的な資料として読むのが雑誌ばっかりで、しかも半年ぐらいの単位でトレンドが動いているから、どうしても紙じゃなくてPDFになっている論文を回すという形になっていると思いますね。それは、大学が予算をとって、そういった学術論文の検索ができるシステムに登録しているのです。僕の分野は、そういった経済力では理系には及ばないですけど、文系の先生の中では比較的理系に近いので、情報面では割とスピードが要求されることもあります。そういう意味からもどうしても電子媒体を使うことが多いですね。
――先生が今のようなスタイルをとったのはいつからですか?
松本茂氏: 資料を電子的な形で学生に渡したりというのは、2003年ぐらいからやっていますから、10年前ぐらいから大体今と同じようにやっていますね。スキャナーの性能も上がってきましたね。
読書量は減っても、検索能力向上により昔と同じくらいの学習効果
――昔と比べて学生は変わりましたか?
松本茂氏: 本質的には変わっていないと思います。僕は青山学院に来る前に、関西大学にいたんです。青山学院と関西大学とでは、学生の雰囲気は変わると思いますけど、基本的にはあまり変わっていないと思います。優秀な学生さんは優秀だし、勉強しない子はしない。僕らが学生の時から変わってないですね。
――読書量に関してはどうですか?
松本茂氏: 僕も学生時代すごい読書をしていたわけではないですけども、今の学生さんは、情報なんかはとりあえずネットで探して、そこで見つからないとあきらめちゃうんですよね。うちの学生さんぐらいだと、それなりに調べては来るんですけれど、検索とかデータベースとか前よりよくなっているから、昔の学生さんに比べると、本や情報にアクセスしやすくなっているのに、あんまり読まなくなっているとは思う。差し引きゼロというか、本質的には大して変わっていないんじゃないんですかね。
――読書量は減っているけど、違うところから取り入れているということですか?
松本茂氏: 読書量自体は、昔はなんでもかんでも読んでいたと思うんですけども、今はもうちょっとピンポイントで読んでくれるようになったというか。なんでも読むほうが本当はいいのかもしれないですけど。学習効果を掛け算で考えると、検索が楽になって読書量が減っているということは、あんまり変わってないのかもしれないですね。情報を探すのは前よりだいぶ楽になっていますね。
プライベートで読む本は、興味のおもむくまま。生物系の本も好きです
――松本さんは、今までどのような本を読まれてこられたのですか?
松本茂氏: バラバラですえね。全く統一感がない。僕は理系だったので、昔は講談社のブルーバックスシリーズとか、ああいうのが好きで読んでいましたね。あとは全然関係ないんですけど、ギリシャ神話がけっこう好きで読んでいました。経済学をやりはじめたのは大学院に入ってからですから、それから社会科学系の本を読むようになりました。僕の読書は5年スパンぐらいで波があるみたいで、最近はあんまり読んでないんですけれど、もちろん仕事の専門書は読みます。プライベートでは、最近は生物の話とか小説を読むようになりました。自分が読みたいものを読んでいる気がします。ずっとひとつの分野を読んでいるという感じではないですね。むしろ社会科学の本を読むより、ほかの分野の本を読んだりすることのほうが多いかもしれません。
――生物はご研究分野と関係があるのですか?
松本茂氏: 生物はね、関係してくるんですよね。環境経済学では、例えばどういう風に生物が進化してくるかとか、生物の多様性と環境の話が出てくるので、そういう本もちょっと読んでみたら面白いなと思って読んでいることが最近は多いですかね。ひとつひとつをとっていくと分野が違っても、どこかでつながっているのかもしれないですね。自分では意識して行動しているわけではなくて、本屋さんに行ってみてちょっとパラパラと見てみて面白そうだと、買ってみますね。
――昔に比べて本屋は変わっていますか?
松本茂氏: 僕も本屋さんだけで本を買うわけではないからなあ。専門書は、必要に応じて買っていますね。Amazonとかを見る時は、有名どころの先生で書くのがうまい先生が書いたものをチェックします。使えそうだと、テキストとして買います。専門書に関しては書評を読みますね。それ以外の趣味で読んでいる本は、本屋さんに行ってばらばらっと見て、面白そうなやつを選んでいるという感じで、そのあたりはみなさんと全く変わりはないと思います。電車の待ち時間とかにフラッと立ち寄って買う。
――最近読んだ本で面白かったものはありますか?
松本茂氏: 『銀むつクライシス』(早川書房)が面白かったですよ。高級魚の乱獲の話で、翻訳本なんです。メジャーなところじゃないと思うんですけども。魚が乱獲されて枯渇していくんですけども、書いている人がルポライターみたいな人で非常に面白くて、小説風に書いているんですが、魚という資源の枯渇化の話で、すごく書くのがうまいんですね。学生さんにも薦めて貸してあげたら喜んで読んでいましたね。あとは小説なんかでも面白いと思っているのも読みますから、分野ごとにいろいろありますね。あまり期待しないで買って、面白いとすごく得した気分になるじゃないですか(笑)。
専門分野のコースパック、「本」だけじゃない
――Amazonで買われることもあるんですか?
松本茂氏: もちろんあります。ただAmazonで買うのは、先ほどいった専門書が多いです。仕事で読む本は、500ページから下手すると800ページぐらいあるんですけども、全部読んだりしないですね。800ページにもなると必要なところしか読まない。専門書ほどじゃないにしても、1回読んだことがある作者とか、ある程度内容がわかったものしか買わないですよね。やみくもに最初から探すというよりは、ある程度作者を知っているとか、その分野でこの本は読んだほうがいいという評価が定まっているものを買います。その点が本屋さんで買う時とは違う。割合としては、個人的にぶらっと書店で買うほうが絶対多いと思いますけど。
――専門書では評価の定まったものを買うほうがいいのですか?
松本茂氏: 正直、アカデミックな分野というのは、本になるまでにすごく時間がかかるんですよ。僕らの分野でも最初に電子媒体で発表されて、専門誌で出る。もっと早いのはワーキングペーパーといって、大学の研究者が出している論文の段階でセミナーに出回る情報が一番新しいんです。そこから2、3年かけて専門誌に出て、その時点ですでにもう情報がけっこう古くなっていて、重要な分野だとそれから何年かたって、その先生がまとめて本にする。だから書籍になって出てくる時は、最低5年ぐらい前にそのトピックがあったということになるんです。本になるのがそれだけ遅いので、すごく有名な先生が書いていて買うに値する本だっていうのは、買う前からわかっているんです。
――そうすると逆に電子化の可能性もありますか?
松本茂氏: 最近、特に統計学や計量分析などのいわゆるデータを使う分野とかだと、アメリカの先生はすごくて、まずネットの利用を想定した本を書きますよね。本の中にURLが書いてあって、データとプログラムがそこから利用できるようになっていて、「授業にそのまま使えます、どうぞそのままお使いください」と、そこまでやってくれているんですよ。そういう形で教材が提供されているんですよ。本じゃなくて、コースパックになっていて、本はその中の一部になっているのかという気はしますね。今の売れているテキストのほとんどは完全にそういうスタイルで、早くから電子化することを取り入れているんですね。
自分の手で触るものへの興味
――今後取り組んでみたいテーマはなんでしょうか?
松本茂氏: 仕事は特別新しいことをしようとは思っていないんですが、環境政策の仕事は、そのままやり続けていきたいと思っていますね。
――プライベートではいかがですか?
松本茂氏: 最近はまっているのは、庭仕事。植物に関心がありますから。もともと農学部だったんですよ。農学部にいたころ、父親と散歩していた時、花とか咲いていても、僕はその花の名前を知らないんですよ、農学部の学生なのに。父親は知っているんですよ。それでちょっと恥ずかしいなと思って。そうしたら父親が、自分が家庭を持って子どもができて、ライフステージでそういう時に来ると、特に覚えようと思う気はなくても覚えるものだし、花を育てようと思えばその手の本を買って覚えるはずだと。料理も一緒ですね。学生で一人暮らしするようになったら、それまで全く料理なんかしなかったのに食わなきゃいけないと思って作るようになった。
――料理もなさるのですか?
松本茂氏: 自分が食べたいからですかね。そんなに凝るわけではないですけども、スパゲティとかも作りますよ。お酒は、焼酎でもなんでも飲めれば高いお酒でなくてもいいんです。自分の研究テーマもそうなんですけど、食べ物は、環境問題と関係があるんですよ。介護とか社会保障とか環境とか食品とかいった身近なもの。この種の分野の研究者は女性の方が多いんですけども、基本的に自分の手で触るものをやっているのかな。僕もどっちかというと自分の手で触る者以外興味がないのかもしれません。ごりごりの理論の話だとか、ごりごりの金融だとかは全然関心がないですね。本もそう考えると哲学的な本とかは読んでいないような気がしますね。どちらかというと、身近なテーマのものを読んでいることが多い。哲学的な話とか宇宙の話とかは中学時代のブルーバックスで卒業して、今は、身近にある花や食べ物が気になっているようです。とりあえず感銘しているものをやっている気がします。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 松本茂 』