心のストッパーを外せば、世界への可能性が開く
清涼院流水さんは、大胆な構想と緻密に構築されたプロットを持つミステリー作品を数々発表する作家。ビジネス書の分野でもヒットを飛ばしています。また、日本の小説やビジネス書を英訳し、世界に向け電子書籍として発表するプロジェクト「The BBB」を主宰。日本人の英語力を底上げする活動にも尽力しています。過渡期ともいわれる出版業界の将来に、ひとつの方向性を示し、深くコミットする清涼院さんにじっくりお考えを伺いました。
「大説」の英訳、英語劣等生の挑戦
――まず清涼院さんは、小説家ではなく「大説家」を名乗られていますが、その理由について伺えますか?
清涼院流水氏: 大説家なんて名乗った人は、僕以外には1人もいないんです。ただ「大説」という言葉自体は本当にあって、吉本隆明さんが村上龍さんの作品を、「これは小説ではなく大説だ」と評されたこともあります。小説も大説もそもそも中国から来ている言葉なんですが、本来の用語では、小説というのは個人の物語で、大説は国家とか世界全体の物語と、明確に区別してるんですよ。日本のいわゆる小説は、個人の物語がメインなのでその言葉が輸入されたわけですけど、村上龍さんの一部の作品や、僕自身も好きな世界全体を巻き込む様なストーリーは、個人の問題じゃないんです。僕はデビュー作のあとがきでも書いてるんですけど、既存のジャンルにとらわれたくない。その思いも込めて大説と言っているんです。ただ、ミステリーとジャンル分けされる作品が多いので、ミステリー作家と言われた場合は「そうです」と答えますし、小説家と言われたら、それはそれで良いです。だから、いまご丁寧に大説家と言っていただいてうれしかったですね。
――「大説家」として新たな作品を発表していることはもちろんですが、最近では作品の英訳にも取り組まれているそうですね。
清涼院流水氏: そうですね。英語ノンネイティブの日本人で小説を英訳した作家は、いままで1人も存在しないんです。英訳して世界に売り出すことに関しては、日本の出版界で最先端の活動をしている自信はあります。唯一浮かぶのはカズオ・イシグロさんなんですけど、彼は幼少期だけ長崎で、小学校に入る以前から、ずっとイギリスの方なんですね。つまりネイティブなんですよ。彼は日本語でしゃべれないくらい英語が自然なんです。僕は英語ノンネイティブですし、学生時代は超のつく英語劣等生でしたからね。
――英語の劣等生だったんですか?
清涼院流水氏: ええ。本当にひどいレベルでしたよ。30歳以前にTOEICを受けていたら200点か300点くらいの、高校生にも負けるくらいのレベルですね。もともと全然勉強していなかったですから。30歳を過ぎてから独学で身につけました。
―― 一念発起して英語を始められたのはどういった理由ですか?
清涼院流水氏: 子どものころから人一倍、英語へのあこがれはあったんですが、上達できなくて、僕は英語には絶望してたんです。いまでも覚えてるのは、宇多田ヒカルさんがデビューした時に、この人は日本人だけど、英語もネイティブ発音で、英語の歌詞も自在に書ける。その時、いい年して英語が全くできない自分との対比で絶望があったんです。僕の人生は1回きりだけど、このまま英語ができないまま終わるのかなと思ったんですね。
でも30歳を過ぎてから趣味で始めたらどんどん伸び始めて、希望も膨らみ続けました。英語ができるようになればなるほど視野が広がっていきました。そしてついに自分の小説を英訳して世界に発表できたことは誇らしかったですし、こういう能力を身につけたからには、世の中のお役に立ちたくて。出版界がいま悲鳴を上げ続けている状況なので、何とか貢献したいなと思ったんです。そこでたまたま電子書籍も普及が進んで、すべてがタイミングが合って、「The BBB」というサイトに結実したんです。
志を持つ人が集まれば大きなうねりになる
――「The BBB」はさまざまなジャンルの作家の作品を英訳し、電子書籍化するプロジェクトですね。
清涼院流水氏: はい。去年の12月1日から始めました。他人のためにやるなんて何か計算があるんだろう、とか勘ぐる人がいるんですけど、全然そんなことはなくて。僕が言い続けてるのは、世の中をハッピーにしたいという一心なんです。僕の人生哲学の1つでもあるんですけど、自分の利益だけを考えてやったら、多分ろくなことにならないんです。最初の志が間違っていなければ、絶対間違ったことにはならないと思ってるんですね。汚染された土壌には貧しい植物しか育ちませんが、土壌が健全であれば、そこに育つ植物は美しく豊かなものになるだろうと思っています。実際、参加されている作家さんたちは、とても感激してくださっていて。一生英訳される機会などないと諦めていた作家さんたちの作品を次々に僕が英訳して、世界の有名な書店でも売られるようになって。泣いて喜ばれるほど感激されて。そういう時に、単に自分の作品を書いて出すだけじゃなくて、もっと価値があることができて、出版界全体にも1つの方向性を提示できたんじゃないかという意味でも誇れることですね。
――優れた日本の作品を幅広く英訳されることに大きな意味を見い出されているのですね。
清涼院流水氏: 僕も最初は、いまほど大規模にやるつもりはなかったんですよ。自分や親しいビジネス書著者数人だけでやろうかなと思ってたんですけど、ある作家の集まりで企画のことを話したら作家さんたちの関心が非常に強かったんですね。急に目をキラキラさせて「それはすごい」とおっしゃって「私たちも参加させていただけませんか」と言われた時に、大変になるかもしれないけど、楽しいんじゃないかと思いました。それに、日本の出版界全体にインパクトを与える様な意義のある企画にする上では、1人でやるよりも、徒党を組んで乗り込んでいった方が変えられるんじゃないかなと。
陳腐な言い方で嫌なんですけど、明治維新にしても、1人の維新志士ではなにもできないわけですけど、同じ様な志を持った人が徐々に集まり始めたからあんな大きなうねりが起きたわけですよね。実際日本の出版界は、幕末じゃないですけど、かなり危機的状況にあるのは全員が知っているじゃないですか。皆が突破口を求めているけれど打開策が見つからない中で、われわれのグループは英語圏に可能性を求めて、大海原へ船出をしたということです。
海外市場は、「場外ホームラン」がけた違い
――海外からの反応はいかがでしょうか?
清涼院流水氏: まだ現在は緩やかに動き始めてる段階ですから、これからですね。ただ自信があるのは、僕は2009年から、小文字の「bbbcirlce」というサイトをカナダ人と組んで3年半くらいやっていたのですが、世界中からすごい反響があったんです。それはオリジナルの4コマ漫画を紹介するサイトだったんですけど、毎日平均1万人以上、多い時には1日に2万5千人以上も世界中からアクセスがあって、「どこだ、この国は」みたいなところからもファンレターが来たりしたんですね。それでインターネットと英語の可能性ってすごいなと思ったんです。
いま、その『テリヤキガールズ』の漫画家がちょっと忙しくなって1年以上も描けなくなっているので、ほとんど旧bbbの読者には頼らずにやっていますが、それでもThe BBBは既に14カ国からアクセスがあります。ドイツ、フランス、ブラジル、中国、韓国など、英語圏でない国からもアクセスがあって。この数を増やしていって、The BBBのコンテンツは面白いじゃないかと思ってもらえれば勝利です。ただ、それまでに苦労するのもいい経験だろうと思ってます。最低1年ぐらいは格闘するべきだろうと。そんなに世界の壁は甘くないと思うんです。まず1年間コツコツやって、質の良い仕事をしていると認めてもらって、徐々に広めていけたらいいかなと思ってます。
――海外の市場で発表されているものにはどういった作品がありますか?
清涼院流水氏: 具体例を出しますと、僕の『キング・イン・ザ・ミラー』がまずAppleで承認されて、その後、Barnes&Nobleという世界最大の書店グループでも承認されて販売されているんですが、Barnes&Nobleの書店は3000万ものコンテンツを扱ってるんです。だから読者に発見される確率は3000万分の1なんですよ。そう簡単に売れないだろうと思うのですが、信頼を勝ち得ていったら、英語圏20億人というのはポテンシャルもそれだけデカい。空振りも多いかもしれないけど、場外ホームランのすごさは日本の比ではないんですよね。それは旧bbbでうねりの様なものを1回作り出した時にも感じました。自信のある作品を既にいくつも準備しているので、1つ1つ丁寧に作っていけば、奇跡というか大きなムーブメントを巻き起こせるはずだという期待とか希望があり、それが現在の僕を突き動かしています。
日本人のポテンシャルを信じている
――「3000万分の1」として踏み出すのが大きな一歩なのですね。
清涼院流水氏: よく、海外に出るプロ野球選手とかサッカー選手を念頭に置くんですけども、彼らもやっぱり日本でやるべきことをやった後には、世界で試したいと思うのは当然じゃないですか。小説家はそういうことは絶対できないという思い込みが根強くあるんですね。最初は常識にとらわれない性質の奴が飛び込んで行かないと何にも変わらない。それがメジャーリーグで言うと野茂英雄選手だし、サッカーで言うと三浦カズ選手です。最初は無理じゃないかと皆が思ったけれど、彼らは意外に通用したんですよね。それでイチロー選手とか本田選手、香川選手が当たり前に通用して、事件でも何でもなくなった。僕は、イチロー選手みたいな成功はできない可能性も高いけど、なにも道がなかったところにゼロから道を作れたら、それは後に成功する人以上に価値があるんじゃないかと思っていて、僕にしかできない貢献じゃないかなと思っています。僕らが英語圏にとっての黒船になりたいんです。「何かアジアから面白そうな奴らが乗り込んで来たぞ」くらいに思われたいですよね。
――世界からの反響はやはり日本で評価されるのとは違った感覚がありますか?
清涼院流水氏: 旧bbbをやっていた時に、英語で発表する快感に目覚めてしまって、後戻りできなくなったんですよ。4コマ漫画のストーリーを僕が全部書いていたんですが、日本語で書いて日本人にすごいと言われるより、英語で書いて、地球の反対側にいる小さな国の人にすごいと言われた方がめちゃくちゃ感動するんです。それに気付いちゃったから、日本国内で日本語で発表するだけだと、もう満足が得られないんです。もちろん日本での活動も続けていくんですけど、やっぱりワクワクするのは英語ですね。メジャーリーガーとかヨーロッパのクラブチームで活躍してるサッカー選手とかも、ワクワクする本場で快感を味わってしまったら日本には戻れないと思うんですよ。本当に引退間際しか、体力が衰えた時しか戻る気がしないと思うんです。漫画を連載して世界にウケて、これを小説でできたらすごいなと思うのがいまの出発点で、2009年から構想3年くらいでようやくスタートできたところです。
――日本のコンテンツというと漫画とアニメというイメージが先行していますね。
清涼院流水氏: そうなんですよ。それも大きなモチベーションとしてあります。僕の原作の漫画も十数カ国で翻訳されたりしてるんですけど、確かに漫画とかアニメ、あるいはゲームはすごいんです。日本の出版界は小説がアジアで訳されてグローバル化とか言ってるんですけど大間違いで、アジアで訳されるのは、日本の出版界が辛うじて上位に立ってるからアジアの人が擦り寄って来て訳してくれてるだけなんですよ。ところが日本は英語圏の出版界と比べると全然下位に立っていて、作家も編集者も出版社も日本から乗り込んでいって成功した人なんて誰もいないんです。
村上春樹さんとか、よしもとばななさんの様な数少ない例外がありますが、彼らは日本の仕組みで成功したわけではないので全然サンプルにならないわけですよ。僕は日本の小説とかビジネス書が大好きだし、日本人のポテンシャルを信じてるんです。日本人は本当に素晴らしいと3.11の後も思いましたし、自分が日本人であることを誇りに思いもしたんですけど、その一方でやっぱり日本人は優し過ぎるから国際的競争社会で戦えていない。その1つの原因には低過ぎる英語力があるんで、日本人の英語力を僕が強化したいと思っているんです。日本人の英語力の底上げをしつつ、なおかつ自分でもコンテンツをどんどん出していって、日本人もやればできるというのを日本人に伝えたい。それが僕の人生を掛けた夢ですね。
電子書籍を否定することに意味はない
――BBBはインターネット、電子メディアの利点を最大限に活用されていますが、電子書籍の可能性についてお聞かせください。
清涼院流水氏: 僕は、電子書籍に全く抵抗がないんです。多分日本人の作家で1番抵抗がないのは僕だと思います。とある作家さんの集まりで電子書籍の話になって、電子書籍に抵抗がない人と問いかけられた時、僕だけが手を挙げたんですよ。それには理由があって、本当に本とか出版界を愛していたら電子書籍を絶対に認めないといけないんです。なぜかと言うと、皆が本好きで紙の本にこだわるから本の粗製乱造が進んで、それは資源を圧迫してるわけですよ。これはなにも壮大な話じゃなくて、現実的なベースの話として。だから僕は自分の作品は紙の本を今後どんどん減らしてもいいと確信犯的にそう思っています。やっぱり電子書籍の良いところは絶版がないところと、在庫リスクがないところなんです。紙の本はまず在庫リスクがシャレにならないから、売れなかったらすぐ裁断に掛けて絶版になったりもするわけです。
――出版社の方々からそういった深刻な話を直接聞かれることがありますか?
清涼院流水氏: 僕は、出版界のいろんな立場の友人知人がいるので、普通の作家が知らない業界の舞台裏の話も色々知ってます。信じられないようなひどい話も、たくさんあります。訴えを起こしてる様な作家さんたちは、そうした実情を知らないんですね。普通の作家に本当のことを言ったら、激高して何をされるか分からない、それこそ裁判ざたになると思います。既得権益層が抵抗するのはわかるんですけど、それは絶対に間違っています。世の中は変わり続けるので、新しいものを受け入れていかないといけないんですね。
ブックオフが台頭した時も出版界で大問題になりましたよね。僕も正直とまどいはありましたけど、自分が学生なら、ブックオフで100円で1500円の新刊を買えたら絶対に買うはずなんです。それを否定するのはおかしいと思ったんですよ。ブックオフで読んでくれたらそれはそれでいいとして、作家としては、新刊でも買いたいと思うものを作らないといけないんじゃないかと思ったんです。仕組みができちゃってるんですから、それを否定してもしょうがないし、つぶそうとして戦うのは愚かで、電子書籍に関しても全く同じことを思ってますね。既得権益層が必死で電子書籍を否定してますけど、そんなことやっても何にも意味がないんです。むしろいかに共存していくか、使い分けていくかが大事だと思うんですね。
本作りは流れ作業であってはならない
――具体的に紙の本と電子書籍の使い分けにはどういった方法があるでしょうか?
清涼院流水氏: 僕は10年くらい前から言っていたんですけど、電子書籍を出版の主流にして豪華愛蔵版だけ紙の本、あるいは大ベストセラーになった本だけ何部か紙の本を作るというか、そういうチョイスがあってもいいと思うんですよ。在庫リスクを減らせたら、作家さんの取り分は減らさずにできるはずなんです。僕も、The BBBで本のコスト計算をやってるんですけど、採算分岐点は意外に低い。だから紙の本ほど売れなくても採算が取れるんですね。色んな人が群がって1冊の本から利益を搾取するから本は高くなるし売れなくなるんです。そういう仕組みを根底から変えていくことを、本当に本を愛してる人は考えないといけないんです。
出版の古い流れが崩壊してることは誰の目にも明らかなので、これは変えないといけない。まずスケールを小さくしないといけない。出す本が多過ぎるし作家も多過ぎるんで、まずは精選して数を減らして、丁寧に1つ1つのコンテンツを売っていくことが必要だと思うんです。そういう姿をThe BBBでは見せていきたいなと思います。だから1ヶ月に1コンテンツに絞って、丁寧に作って送り出したいと思うんです。決して流れ作業であってはいけないと思っています。
――世界に通用する質の高いコンテンツを作る勝算はありますか?
清涼院流水氏: 僕は自分の仲間たち全員を心の底から信じているんです。いま、何人かの作家さんとかビジネス書著者の方が協力してくださっていて、彼らは日本を代表する人気作家ではないかもしれないけど、僕は彼らと接していて才能は確かに感じてるんです。だからこの人たちの才能を100%、200%発揮するお手伝いを僕がすれば、それは世界に伝わると信じてるんですね。だから僕は、いま人気ある人をスカウトしてくるとか、そういう編集者がよくやる安易なことは考えていないです。大前提として、すべての人に才能はあると思っているんです。常識とか先入観が邪魔をして本来の能力を発揮できてないだけだと思うんですよ。それを僕が引き出せたら、そんなにうれしいことはないと思います。
――同業者からの批判もあるのではないですか?
清涼院流水氏: それは、ずっとありますね。でも僕はずっと新しいことをやり続けてきて、既得権益層からたたかれ続けて17年間戦ってますから、今更、痛くもかゆくもないんです。だから僕みたいにひんしゅくを買うのが平気な人しか新しいことはできないんですよ。ほかの作家さんと話していると、業界に嫌われるのが怖いとか、読者に悪口を言われるのが怖いと言うんですけど、僕は最初からたたかれ続けているので、全然怖くないんです。逆に僕が現在の出版界を批判することも多いですが、出版社や編集者も被害者だと思っている面もあります。要するに、仕組みが破たんしていて、その仕組みの中で自分のタスクなりノルマを与えられたら、崇高な志を持っていても、まず目先の仕事をやらないといけないですから。古い仕組みが破たんしてるのは誰もが認めていて、どうしようもないのが現状なんです。
天才ではない、でも何かの能力はある
――清涼院さんの常識にとらわれない考え方は、子どものころからのものでしょうか?
清涼院流水氏: もともと、おきて破りみたいなことが好きだったんですね。幼稚園児くらいの時から前代未聞が大好きで、とにかく人のやってないことをやりたかったんです。はっきり覚えてるのが、昔アニメで大人気だった『パタリロ』の主題歌で、「誰も考えつかないことをするのが大好き」という歌詞があるんですよ。それがずっと忘れられなかったんです。子どもながらパタリロの天才性というか、天衣無縫な姿にあこがれていた。その前からそういう素質はあったと思うんですけど、影響は受けたと思います。あとアニメの『名探偵ホームズ』で、「24時間頭の中で何かがダンスしてる人なんだから」という歌詞も好きだったんです。そんな生き方ができたら楽しそうだな、というのが根っこにあるんですよね。
――学生時代はゲーム関係の仕事を目指していたとお聞きしました。
清涼院流水氏: ゲームクリエイターを本気で目指していました。本当にゲームが好きで、ゲームセンターでプレイしたり自宅でプレイしたり、夜中に親が寝静まってからパソコンでプログラムして、たくさんゲームを作っていました。でもゲームを作っていた中心メンバーの医者の息子が、高2の終わりに「俺、あきらめて医者を継ぐわ」と言ったんです。その時は本当に、目の前が真っ暗になりました。当時から小説や漫画も書いていて、小説の方がウケが良かったので、小説なら1人でできるからと思って、高2の終わりに小説家になることに決めたんです。その時から「清涼院流水」という名前を使っています。あそこで彼が辞めなかったらゲーム業界に入っていたと思います。でも、ゲーム業界は僕の年齢になると管理職以外じゃないと体が持たない。徹夜とかも当たり前ですし、ゲーム業界で頑張ってる友人もいるんですが、彼らの話を聞くと、やっぱり行かなくて良かったなと思っています。
作家は70歳、80歳でもやっていける仕事ですからね。僕が電子書籍に抵抗がないのは、たぶんゲームの影響もあって、日本の電子書籍の発展に貢献できるのであれば、あの当時のゲーム漬けの毎日も無駄ではなかったです。不思議なことに、すべてがつながっているんですね。
――よく「自分は天才じゃない」とおっしゃっていますね。
清涼院流水氏: 狂人と天才は紙一重とかよく言われるんですけど、僕は狂人かなと思ってるんです。僕も子どものころは自分は天才だと思ったんですけど、大人になって冷静に考えると完全に狂人だなって(笑)。でも変な能力が何かあるのは多分間違いないと思っていて、それがいま役に立つ方向に向かいつつあるのがうれしいんですね。いままで小説を書いていると、賛辞と合わせて批判も受けるわけですよ。ところがいまの活動では、あいつが最近やってること、ちょっと面白いかもな、と。かつてアンチ流水だった人たちも、ちょっと関心を示してくださったりして、それは本当に価値のあることなんだろうし、ひょっとするとこれからの出版界で結構必要とされることなのかな、とは思うんですね。
最近は「びっくりさせる」ことには関心がない
――ミステリーの世界では設定やプロットで非常に話題になりましたが、執筆は特別なスタイルでされているのでしょうか?
清涼院流水氏: たぶん失望させてしまうくらいシンプルですよ。パソコンで書いていて、昔はWordを使ったり、編集者の勧めでInDesignとかも試したりしたんです。自分でDTPをやれたらいいんじゃないかと思って。でも、いろいろ模索した末に、いまはMacのメモ帳みたいなTextEditとか、短編だとメールの中で書いてそのまま編集者に送ったりとかしています。それが結局一番気持ちいいってことに気付いたんです。作家さんたちに聞くと、皆さんワープロソフトにこだわりがあるんですけど、僕は何かにこだわるのが嫌いなんです。本当に能力があったら道具は関係ないと思ってますし、むしろ劣る道具でもすごいことができるはずなんですよ。僕、物持ちが良くて、学生時代に使ってた画面に3行しか表示できない古いワープロで原稿用紙1500枚以上の作品を書いて、それを知った編集者が腰を抜かすほど驚いたこともありました。
――今後のご自身の作品を含め、どのような活動に力を入れていかれますか?
清涼院流水氏: 昔から変なことを考え続けてきたので、自然にアイデアが浮かぶというのはあるんですが、最近はびっくりさせたりすることにあんまり関心がなくて、それはほかの人にお任せしてもいいなと思っています。僕のやりたいことはだいぶやり尽くしてきたので、さっきお話した様な、ほかの方の作品を紹介したり、あるいは英語力を高めたりするお手伝いをすることの方に現在はワクワクしているんです。だって自分が世紀の傑作を書いたとしても、それは自分の手柄でしかなくて、むなしいんですよ。でも僕に原稿を預けてくださった方の作品を僕が英訳して、それが外国人にすごいって言われたら、僕はその人と手を取り合って喜べると思うんです。それは自分で傑作を書くよりはるかに崇高なことなんですね。僕はそう気付いちゃったんで、もう後戻りはできないですね。
常識を疑い、常識と戦い続ける
――英語に関しては今後の構想はありますか?
清涼院流水氏: 僕はTOEIC満点に挑み続けているんですけど、現在985点で、あと5点なんです。満点を取ったら出す予定の英語学習本が何冊も待機しています。もう出してもいいのでは、とも言われるんですけど、やっぱり自分の中のけじめとして何としても満点を取ってから出したいんです。満点を達成した瞬間、いろんな企画が怒とうの勢いで、ダムが決壊する様にいきなり流れ出す予定です。
――満点はネイティブの人でも難しいといわれていますね。
清涼院流水氏: TOEIC満点は、最終的には運の要素も大きいんです。言い訳めいて聞こえるかもしれないですけど、本当に極限集中の世界なんですよ。120分で200問解いて、あるパートなんか1問5秒とか20秒とかで何十問も解き続けるんですね。それでノーミスじゃないといけない。何よりも大事なのは試験会場と隣の受験者なんですよ。今年1月に受験した際も、隣の奴が鉛筆を回しまくっててね、それを注意する暇すらないんです。「あの、すいません」と言う間にも自分の受験時間が止まって短縮されるんで。だから隣にハズレの奴が来たら、あきらめて我慢するしかないんですね。
――英語に関する本は具体的にどのような内容のものですか?
清涼院流水氏: 少し前に出版社に企画を出していたのが、誰でも5カ国語マスターできるという本で、今年5月に出す予定だったんですけど、「それはちょっと早急過ぎるんで、やっぱり英語本にしてください」と言われて、残念なことに普通の英語本になることになっちゃったんで、じゃあTOEIC満点まで待ってくださいと言って順番待ちになったんですね。英語のメソッドがあれば何カ国語でもできるんですよ。将来は5カ国語マスターメソッド本は絶対に出しますよ。ラテン語もやってますし、ドイツ語とか韓国語とかも趣味で勉強しているので、外国語のメソッドを早く世の中に伝えたくて、そのためにもTOEIC満点を取らないといけないんです。
あとは今年4月に「世界初のTOEIC小説」を出すんです。TOEICの世界を舞台にした小説で、英語学習本じゃないので満点を取る前でも出せるんですが、これが出るとTOEIC業界が激震しそうな内容で。もちろん小説界にも喜んでほしいし、僕が恩を感じてるTOEIC界にも喜んでほしいなと思っています。詳細はまだ言えないんですけど、原稿は既に完成しています。
――宣教師のルイス・フロイスに関する歴史小説にも取り組まれているとお聞きしました。
清涼院流水氏: 2009年から取り組んでいますが、その作品は、ポルトガル語をマスターしない限り完成しないんですよ。なぜかと言うとルイス・フロイスがポルトガル人宣教師だからです。彼らをリアルに書くためにはポルトガル語をマスターする必要があるんです。戦国時代の小説って、宣教師がめちゃくちゃいい加減に描写されているんですよ。ポルトガル語を誰もできないから。あの司馬遼太郎さんですら、重厚な歴史小説なのに宣教師の描写だけいい加減とか。語学が得意になった僕が歴史小説を書くのであれば、絶対にポルトガル語をマスターして宣教師をリアルに書きたいと思ったんですね。リアルな宣教師と戦国武将を書いた小説はかつて日本に存在しないんですよ。なので、これも新たな挑戦です。
執筆に時間が掛かっている理由は、これもTOEIC満点が先延ばしになっているからなんです。要するにTOEIC満点を達成すると英語の負担が減るので、もっとポルトガル語に集中できて、歴史小説が完成するというドミノ倒しなんですよ。つまり、最終的には、TOEIC満点に、ここ数年間のすべての活動が集約されるわけです。
――最後に、清涼院さんのように新しいことに挑戦し続けるためにはどのような心構えを持てばよいのか、特に若い方にメッセージをお願いします。
清涼院流水氏: まず1つは、やりたいことを見つけて、快感を感じること、達成感を感じることに全力を傾注してほしいですね。そこで常識のストッパーを外してほしいんですよ。英語も無意識のストッパーが邪魔してできないと思い込んでる人が多いんです。僕は趣味で普段社会人に英語を教えているんですけど、彼らのTOEICスコアは短期間で300点とか400点以上もアップしてますから。もう1つは、自分のやりたいことにまっしぐらに突き進む時に、外野が無理だと言っても、そんな雑音に耳を貸してはいけない、ということです。
僕の1つ強い点は、周囲の雑音を余りにも浴び過ぎて、全く気にならなくなったことです。無理だ無理だとか言われても全く気にならないのが強みでもありますね。ゲーム漬けで京大を受けた時も、作家になると言った時も、僕の周囲の全員が「そんなのは無理だ」と言ったんです。でも達成すると「お前ならできると思ってた」と、全員が手のひらを返したんです。だから僕は他人の意見には耳を貸さない。もちろん聞くべき意見は取り入れますけど、真に受けちゃダメです。村上春樹さんがエルサレム賞受賞の「壁と卵」のスピーチの時に、「作家というのはやめろと言われるとやりたくなる人種です」という名文句を言ったんですけど、まさにそういうことですよね。昔は、無理だという声に負けそうになったこともありますが、無理だと言われたことを成し遂げると成功体験になって、それが2個3個と重なると、何を言われても動じない様になっていきます。僕の人生哲学は「常識を疑い、常識と戦う」ということです。人々が信じる常識を疑って、疑問視したらそれと戦う。僕の生き方を振り返ると、そこはブレずに貫けていると思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 清涼院流水 』