郷原信郎

Profile

1955年生まれ。弁護士(郷原総合コンプライアンス法律事務所代表)。関西大学社会安全学部特任教授。東京大学理学部卒業後、民間会社を経て、1983年検事任官。東京地検、長崎地検次席検事、法務総合研究所総括研究官等を経て、2006年退官。「法令遵守」からの脱却、「社会的要請への適応」としてのコンプライアンスの視点から、様々な分野の問題に斬り込む。九州電力「やらせメール」問題など企業不祥事の第三者委員会委員長も多数。西松建設事件、陸山会事件などに関して検察捜査を厳しく批判、「検察の在り方検討会議」にも加わり、検察問題の本質を指摘してきた。

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品切れを起こさない電子書籍は革命的



郷原信郎さんは元検察官、現在は弁護士として郷原総合コンプライアンス法律事務所の代表、また関西大学社会安全学部特任教授を務めています。郷原さんは東京大学理学部卒業後、広島地方検察庁特別刑事部部長、東京地方検察庁特捜部、長崎地方検察庁次席検事、東京地方検察庁八王子支部副部長、東京高等検察庁検事、桐蔭横浜大学大学院法務研究科教授、名城大学教授・コンプライアンス研究センター長、総務省顧問を歴任され、『検察崩壊~失われた正義』『第三者委員会は企業を変えられるか』『組織の思考が止まるとき』など、検察、企業、組織や犯罪などについても幅広い著書を出されています。そんな郷原さんに、本について、電子書籍についてインタビューしました。

5つのコンプライアンスの手法で、すべてのコンプライアンス問題が整理できる



郷原信郎氏: 私の「フルセット・コンプライアンス」という考え方は、組織が社会の要請に応えていくことがコンプライアンスで、それを実践していくために何をやったらいいのかということを5つの要素にまとめたものなんです。5つでフルセットだから、「フルセット・コンプライアンス」と呼んでいます。基本的にあらゆるコンプライアンス問題をこの観点から考えていけば、きちんと整理して理解できるというのが私の持論です。

――コンプライアンスのスペシャリストとしてご活躍中だと思うのですけれども、ここ最近はどんなことをされていますか?


郷原信郎氏: オリンパス問題以降、世の中から大きな関心を集める企業不祥事は、起きていません。私なりに感じているのは、「コンプライアンス」「企業不祥事」という言葉で世の中が騒ぎ立てる時代は2010年前後までだったのではないかということです。私が2009年に出した『思考停止社会』という本の中でも書いたように、問題の中身や本質とは関係なく、「偽装」「隠ぺい」「改ざん」「捏造」など言葉でレッテルを付けて、企業をバッシングするようなことが続いたわけです。そういう不当な批判・非難が行われることもあって、「コンプライアンス」が組織にとってマイナスの方向に作用した面もあるんですね。そうした中で、私は、コンプライアンスを正しく理解して、正しいコンプライアンスをやっていくべきだという啓発活動をやってきました。それと合わせて、顕在化した不祥事について第三者委員会の委員長などを務めて不祥事対応をやってきました。そういう企業に対するバッシングのような状況が、このところ沈静化しつつあるんじゃないかと考えています。世の中的には違うところに関心が移ってきている。いまは原発問題や学校のいじめの問題、外交問題、国際的な経済問題が世の中の関心事で、企業のコンプライアンス問題は大きく取り上げられることは比較的少なくなってきている。ある意味では正常な状態に戻ってきつつあります。

――ようやく落ち着いてきたのですね。


郷原信郎氏: ええ。そういう状況になってくると、今度は、本当の意味のコンプライアンスにどう取り組んでいくかが、企業自身の問題として重要になってきます。そういうことに関して、企業の方々にお話しをしたり、意見交換をしたり、あるいは法律事務所としてコンプライアンスの体制構築のアドバイスをしたり、お手伝いをしたりという仕事のほうが中心になりつつありますね。

社会の安全を「コンプライアンス」で確保する


――いま、啓発活動という言葉も出ましたけれども、関西大学のほうでも教授として教えられているのですよね。


郷原信郎氏: 関西大学では、社会安全学部で社会的危機管理論というのをやっていて、私は今年の大きなテーマとして掲げているのが「社会の安全とコンプライアンス」です。組織が安全を確保するというコンプライアンスを正しくやっていかないと、笹子トンネルの事故のように、重大な公共の危険が生じるんです。だから組織が安全コンプライアンスをきちんとやっていかなければならないのですが、そのためには、それができるような環境を作らないといけない。そういう啓発や研究が、これから先に重要な問題になっていくと思います。畑村洋太郎先生の危険学プロジェクトの中でも、新たなグループを作って、「社会システムの安全」を検討する取り組みを私がグループリーダーになって始めています。関西大学と畑村危険学プロジェクトの両面からこの問題に取り組んでいくことになっています。

―――コンプライアンスを啓発しようというその使命感というのはどこから来るのでしょうか?


郷原信郎氏: コンプライアンスの本当の意味である社会の要請に応えることを自分の仕事としてやっていかなくてはいけないという使命感がもともとあるということだと思います。自分がやらなければほかの人にはできない、書けない、しゃべれない。そういうこと、つまり、自分が社会から求められていることをやっていこうと考えてきた。それが、これまでの私のコンプライアンスの啓発活動につながってきました。

検察・特捜の仕事から「コンプライアンス」の伝道師へ


――いまの郷原さんのキャリアというのは、どのように形成されていったのでしょうか?


郷原信郎氏: 私は東大理学部で地質をやっていて、それを廃業して司法試験の勉強を始めて、たまたま迷い込んだのがこの法曹の世界なんです。検事の仕事を23年間やる中で、最後のころには、今、度重なる不祥事で信頼を失墜している特捜部のようなやり方ではなく、コンプライアンスの観点に基づく自分なりの手法を生み出したんですが、残念ながら検察は私のそういう発想を受け入れようとしなかった。そこで、別の方向に展開したのがこのコンプライアンスという活動です。検察官の現職のまま、桐蔭横浜大学の特任教授を兼任してからそのテーマを中心とする活動をするようになり、検察に所属して出向の形でロースクールで研究や教育をするようになってからも、引き続き、コンプライアンス研究センターの活動をつづけました。現職検事であり、なおかつコンプライアンスの伝道者ということで活動をしていましたが、2006年の3月に検察の組織から離れて大学教授と弁護士の専業になったんです。



法律の道に入る前、20代前半ぐらいまで、あまり将来のことを突き詰めて考えず、やることがいい加減だったので、行き詰まってしまった(笑)。それで、同じことならゼロからやり直したほうがいいと思って理科系の世界を捨てて、法律の道をめざしたんですね。そして法律の世界に入ってからも、法学部を出た普通の検事とはちょっと発想が違っていたと思います。検察の世界についても、その常識を知らないので、自分の独自の発想で検察の組織を見てきたんです。だから「おかしいものはおかしい」ということは言い続けてきた。そうする中で、自分のやることが次々と見つかっていったということです。

――学生時代、本は読まれていましたか?


郷原信郎氏: その時その時に面白いと思ったものを読んできましたね。だから古典とかそういうものをしっかり読んでいるかといったらそうでもないし、どちらかというと、人から学ぶのではなく、自分なりの発想で、自分なりの体系的な視点でいろいろなことを考えてきた。そういうタイプの人間なので、十分な「知」の蓄積があるわけではないんです。

コンプライアンスの啓発に、本は欠かせないもの


――本を執筆されるようになったのは、どういったきっかけからでしたか?


郷原信郎氏: コンプライアンス研究センターでは、『コーポレートコンプライアンス』という季刊誌をずっと公刊しきて、19号まで出しました。そういう定期的な公刊物とは別に単著でもいろいろ本を出してきました。最初が2004年、『独占禁止法の日本的構造制裁・措置の座標軸的分析』という本です。2004年当時、独占禁止法の改正の問題にいろいろかかわっていて、そこで、独禁法改正のに関しても、制裁措置体系の基本的な観点からいろんな問題を指摘していました。そういう私の独禁法の見方・考え方を本にしたらいいんじゃないかという話が経団連の方からあって、清文社という出版社から初めて本を出しました。原稿は確か1カ月足らずで書き上げたと思います。
それからいまのフルセット・コンプライアンス論を前面に打ち出して、三菱自動車問題や雪印問題などの企業不祥事について検討した『コンプライアンス革命』を書きました。とにかく本というきちんとした形にしないと、世の中の多くの人にコンプライアンスという概念を理解してもらうことができないだろうと考えて、その後も、いろいろ本を出しました。その中で、最も注目を集めた本が『「法令遵守」が日本を滅ぼす』だったということです。

――本の電子化についてはどのようなご意見をお持ちですか?


郷原信郎氏:検察崩壊~失われた正義』、『組織の思考が止まるとき』は既にKindle版で電子化されています。『「法令遵守」が日本を滅ぼす』も新潮社が電子化する話になりました。それ以外にもいままで書いてきたものを電子化したいと考えています。特に『コーポレートコンプライアンス』に19号までいろいろな分野の問題について、私なりのコンプライアンス論に基づいて書いているので、何とか電子化したいと思っています。

Amazon・Kindleの活用


――そういう形で世の中が少しずつ電子の方向に動いてきていると思うのですけれども、郷原さんの考える電子書籍の可能性はどのようなものでしょうか?


郷原信郎氏: 私の場合は、特にネットの世界にファンが多いんですよ。例えば『検察が危ない』も、Amazonで売れた数が相当多い。今回の『検察崩壊~失われた正義』も、Amazonで発売直後から品切れが続きました。Amazonであれだけ売れると言うのは全く予想していなかったのだと思います。私自身のツイッターのフォロワーが6万人余りいるし、しかもかなりクオリティーの高い、レベルの高いフォロワーなので、本を読んでくださる方も多いのだと思います。私の場合は、電子出版によって、私の考え方を広く拡散していけるんじゃないかと思っているんです。ネットでのコミュニケーションを活用して本の紹介ができるというのは非常に有効だと思います。

――品切れになるのは、恐らく毎回出すたびに新しいファンが増えているという表れでもあるんじゃないかなと思うんですけれども。


郷原信郎氏: やっぱりそこは孫崎亨さんの『戦後史の正体』なんかもマイナーな出版社なのにうまくやって、最初からものすごい冊数をAmazonに入れておいてAmazonを中心にしてどんどん売っていってことでAmazonのランキング上位になり、それで書店も注目して、書店もどんどんいいところに置く、そのいい連鎖が続いたと思うんです。『検察崩壊~失われた正義』について、孫崎さんが残念がってくれていました。『戦後史の正体』と同じようになるところだったのに、最初にちゃんとAmazonに入れておかなかったから、品切れになってみすみす販売の機会を失ったと(笑)。

――いままでと違った戦略でやっていかないといけないということですよね。


郷原信郎氏: そういう意味で、電子出版は在庫切れがないというのが大きな強みです。Kindle版というのは、いままでの電子出版とは違うかなり大きな可能性を秘めているのではないでしょうか。

――電子書籍も含め、本を通してどんなことを今後されていきたいですか?


郷原信郎氏: コンプライアンスのほうは、「社会の安全と組織のコンプライアンス」というテーマでこの次の本を書きたいと思っているんです。それはこれから研究を軌道に乗せていこうと思っているのでもうちょっと時間がかかりますね。もう一つ、一昨年秋、私は「由良秀之」というペンネームで『司法記者』という検察推理小説を講談社から出しました。ドラマ化の話もあります。その2作目を今年は何とか書き上げたいと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 郷原信郎

この著者のタグ: 『可能性』 『弁護士』 『法律』 『コンプライアンス』 『安全』

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