電子書籍で絶版になっている名著がよみがえる
――本からのフィードバックというお話がありましたが、浅野さんにとって本、読書とはどのようなものですか?
浅野健一氏: 僕はいつも思うんだけど、浅野健一が今、価値判断している基準はほとんど過去に読んだ本から来ている。自分が見聞きしたことや、自分が出会った人たち、自分の体験は、恐らく5パーセント位じゃないかな。95パーセントは新聞も含めて、文字情報から来ていると思う。本を読むことによって1度も行ったことのないところとか、会ったことのない人、何百年前の人にも会える。聖書や仏教典もそうですけど、色んな昔の人が哲学したものが読める。僕はあまり小説は読んでいないんです。ジャーナリストの書いたノンフィクションとか、社会科学関係。政治経済とか国際関係とかをよく読みますね。だから今、若い人が本を読まないっていうのは困ったもんです。年々ひどくなりますね。有名な作家や記者の名前を知らないんですよ。メディア学科の1年生で本多勝一を知っている学生がゼロですよ。
――誰も読んでいないのですか?
浅野健一氏: いや、名前すら一人も知らないんですよ。辺見庸、斎藤茂男、本田靖春も、鎌田慧も全く知らなかった。筑紫哲也や鳥越俊太郎とかテレビに出てる人は知ってるんです。有名な人でも、テレビに出ない人は知らない。本多勝一は高校の教科書から消えたんですかね。前は、『カナダ=エスキモー』(朝日文庫)などが載っていたんですよ。多分、消えたんでしょうね。だからもう僕は「読め読め」って言ってね。そういう社会なんですね。
――電子書籍が登場していますが、電子出版の可能性についてはどのように思われますか?
浅野健一氏: 僕はあんまりiPadとかはだめなんだけど、電子書籍は、絶版になったものを読めるようになるというのが大きいですね。僕の本もほとんどが絶版になっていて電子メディアで読んでもらいたい本が、何冊かあるんですよ。「天皇の記者たち」は絶対読んでほしい。それに筑摩書房の「客観報道」ですね。絶版になっているので困りますが。鎌田慧さんの「自動車絶望工場」も今絶版になっている。電子書籍で名著を読む人が増えればいいのですが。
――これから電子書籍のシェアが伸びて、紙がいらなくなるなどと予測される方もいらっしゃいますが、紙メディアの未来についてどうお考えでしょうか?
浅野健一氏: 紙をめくった時のインクの匂いがなくなるのも寂しいので、全部電子書籍になるのも絶対だめだと思います。アメリカでは新聞社が次々とつぶれていますよね。ネットで読めることによって、新聞が紙としていらないっていう風になってしまってるっていうのは寂しいです。ヨーロッパって基本的にネットで読むことと新聞を広げて読むっていうのが全然別のものになっていて、ヨーロッパで新聞がつぶれるっていうのは聞いたことがないんですけど。何とか紙の本や新聞も残して、共存していけば良いですね。
――浅野さんは書店にはよく行かれますか?
浅野健一氏: しょっちゅう行きますね。どこか、旅行に行くと必ず本屋さんに行きます。「俺の本全然置いてないな」みたいな(笑)。地方の本屋さんへ行って、『記者クラブ解体新書』(現代人文社)なんかがあるとすごくうれしいですよね。紀伊國屋書店はちゃんと僕の本を置いてくれているんです。書店に浅野ファンがいるという話を前に聞きました。
原発報道の「大罪」を徹底的に追求していく
――本屋の様相が変わったなと感じられることはありますか?
浅野健一氏: やっぱりいわゆる右翼の本。僕は靖国極右反動派と言っているけど。中国人、韓国人は日本人に勝てないとか、日本と中国は戦争したらどうなるかみたいな、SAPIO的な本が増えましたね。成田空港の本屋さんに行くとすごいですよね。同志社大学の生協でも「SAPIO」とか「正論」を最近目立つところに置いているんです。生協は左翼・共産党系と前は言われていたのにね(笑)。生協書籍部の人が「売れるんですよ」って言う。「週刊金曜日」や「世界」は後ろの方に2冊ぐらいしか置いてない。「もっと前に置いてくれよ」って言っても「学生は買わないですよ」って言う。「我々も商売ですから」と言い訳する。
それから、僕は2002年にロンドンに1年いたんですけど、ロンドンの日本人向けの本屋さんにも右翼系の本が多かった。日本の雑誌とか3倍位の値段で売っている。すごい高いんですけど。そこにある本は小林よしのりとかばっかりですよ。やっぱり白人の社会の中でつらいから、日本はすばらしい国だ、日本は強いみたいな本にすがるんですね。景気が悪くなってくるとますますね。
やっぱりアメリカやヨーロッパの本屋さんの風格みたいなものがほしいですね。コロンビア大学のブックショップとか行ったらやっぱりすごいです。チョムスキーの本がちゃんとそろってるし、マルクスもある。日本の本屋はTSUTAYA的になっている。それでも大きい本屋さんはまだ一応がんばってますね。
――知の見取り図というか、様々な本にまとめて出会う場が少なくなるのは問題ですね。
浅野健一氏: 最近ちょっと聞いたんだけど、学校の図書館の予算がすごく限られてるんですね。前は、新書の新しいのが出たら、司書さんが選んで入れていたけど、新しい本があんまり入らないって言います。戦争ばかりしているアメリカも高校、中学の図書室には新しい本がない。戦争で金がかかると切るのは教育と医療費でしょ。だから、ますますアメリカはだめになりますよね。アメリカで新聞社がどんどんつぶれてるっていうのは、そういうこともあるんじゃないですか。英語が読めない人がいっぱい増えてるんではないでしょうか。メキシコから来た人は皆、スペイン語で話してるじゃない。多分カリフォルニアでは2割くらい英語ができないんじゃないかな。
――今後の、新しいご著書の予定があれば教えてください。
浅野健一氏: 本はですね、さっき言った原発報道の検証の本。福島第1原発の吉田社長が「死ぬと思った。地獄を見た」と言っていたときに、テレビではスリーマイル島、チェルノブイリにはならない、大丈夫だと言っていた。このコントラストが全部ばれたのに、記者クラブは居直っていますよね。原発の最初の1週間、1ヶ月の時に権力と東電と、それから記者クラブメディアが、どうやって情報を隠ぺいして、大本営発表報道をしてきたか、市民を裏切ったかっていうことを徹底的に今調べて書いています。タイトルは「原発報道の大罪」と付けようと思っています。もう「犯罪」という言葉では足りない、万死に値する大罪です。現代人文社から出ると思います。もうひとつは私の同志社のメインの授業なんですけど、新聞学原論、ジャーナリズム原論みたいなのを法律文化社で出しますので、それを今準備しています。
著書一覧『 浅野健一 』