久世番子

Profile

1977年生まれ、愛知県出身。
2000年2月、投稿作品『NO GIRL,NO LIFE!』で『月刊ウィングス』(新書館)にてデビュー。
書店でのアルバイト経験をもとにしたエッセイマンガ『暴れん坊本屋さん』(新書館)では、本屋や出版界の内情を詳細に描き、注目を集めた。現在は専業漫画家。
大崎梢原作『成風堂書店事件メモ』シリーズなど、小説のコミカライズも手掛ける。
代表作は『神は細部に宿るのよ』(講談社)、『よちよち文藝部』(文藝春秋)など。

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電子書籍は本棚を持てない、本から離れてしまった世代を呼び戻すカギに



久世番子さんは愛知県出身の漫画家で、『NO GIRL,NO LIFE!』にて2000年にデビュー、書店でのアルバイト経験をもとにしたエッセイコミック『暴れん坊本屋さん』ショートエッセイコミック『私の血はインクでできているのよ』などで独自の作風を現しています。漫画家としてご活躍中の久世さんに、漫画について、本とのかかわりについてインタビューしました。

新刊はバリバリの少女漫画『パレス・メイヂ』


――2000年のデビュー以来、漫画家としてご活躍中ですが、近況をお伺いできますか?


久世番子氏: 6月20日に白泉社の「花とゆめcomics」から『パレス・メイヂ』という新刊が出ました。最近はコミックエッセイばかり書いていましたが、久しぶりの少女漫画です。コミックエッセイだと毛が一本で済むのですが、少女漫画は髪の毛が多いので、描くのが大変です(笑)。

――普段はどのような執筆スタイルなのでしょうか?


久世番子氏: 私は1人で描いているので、けっこう孤独です。住んでいる1Kが仕事場であり生活の場でもある。ベッドと作業机があって、本棚が置いてあるだけです。

――創作の着想はどこから得られていますか?


久世番子氏:とげぬきハトちゃん』に関しては普段の生活に対する怒りからです。それ以外のものですと、本屋さんのエッセイに関しては書店勤めの経験からでしたが、辞めてもう5年たつので、それ以外には経験が何もありません。描く時は取材をしたり、人の話を聞いたりしています。

もちネタの数は絶対に数えない


――執筆している中で、スランプになることはありますか?


久世番子氏: 行き詰まると一番危険なので、先のことは考えないようにして生きています。「まだこれだけネタがある」と自分のもちネタを数えだすと、私は精神的に不安定になりそうなので、考えないようにしています(笑)。「ネタはないものだ」と思って生きていこう、ないものだから、来た球を打つというやり方です。残り玉を考えず、後玉という考えも捨てる。自分は濾過装置フィルターのような感じで、通り過ぎたモノをつかんでいくしかないと思っています。フリーランスの仕事は安定しないから、不安になりやすいのですが、不安になってもいいことなんて何もない。だから、精神の安定を保っていくことを最優先の課題にしようと思っています。

――気分転換にはどのようなことをされていますか?


久世番子氏: 私は77年生まれで、消費に対して喜びを感じない世代だからなのか、
消費は食べ物や着るもの読むもの、趣味は散歩ぐらいです。

芥川賞作家の中村文則は、幼稚園から高校時代までの同級生


――芥川賞作家の中村文則さんと同級生だったとお聞きしました。


久世番子氏: 学生時代は全然しゃべらなかったんです。大人になって、私が書店に勤めているころに、彼が新潮新人賞、それから野間文芸新人賞をとった時に「この人、地元の人みたいだよ」と書店の店長さんが言っていたのですが、彼はペンネームを使っていたのでわかりませんでした。その後、芥川賞をとった時に、同級生ネットワークで話が広がって、「ああ、あの人だ」とわかった。それで同級生何人かで会うことになって、ようやく何年かぶりに再会しました(笑)。今、彼も近くに住んでいるので、新刊が出た時には会ったりします。彼とは幼稚園のころから一緒だったと思いますが、これまではあまり接点がなかったということなのでしょうか(笑)。

小学校時代のヒット作は馬が主人公の漫画


――漫画を描きはじめられたのはいつごろだったのでしょうか?


久世番子氏: お絵かきは子供のころから好きだったので、お姫様などをよく描いていました。小学校2年生くらいの時に、いとこのお姉ちゃんが『あさりちゃん』を貸してくれて、漫画を読んで、初めて「面白い」と思いました。私は長女で上の年代がおらず、自分で文化を取り入れなければならなかったので、大変孤独な作業でした。住んでいたのが田舎だったので、あまり漫画を買う場所がなく、漫画を買う資金力もなかった。でも『小学1年生』や『小学3年生』などの学年誌を買うのは許してもらって、そこに「あさりちゃん」も載っていたので、いわゆる学年向き漫画を少しずつ、摂取していった感じでした。

――当時から漫画を描かれていたのでしょうか?


久世番子氏: 馬が主人公の漫画を描いていました。お姫様はイラストで描いていたのですが、漫画にする時は、なぜか主人公の馬が、活躍するという馬漫画でした。

――漫画はクラスのお友達には見せたのですか?


久世番子氏: いわゆる肉筆回覧誌でした。それもあったから、そのころは馬がうけると思ったのでしょう。クラスのみんなは「続き描いたの?」という感じで、自称好評連載中の状態でした。でも、どんどん設定が走りだしてしまって、描いているうちにどんどん馬が増えてきて、馬の描き分けができなくなってきて、完結しませんでしたね。

――原稿は今でも残っていたりするのでしょうか?


久世番子氏: 原稿自体は残っていませんが、その時の馬漫画の主人公は今でも描けます。馬なのに髪の毛があったり、口が特徴的だったり、服を着ているのですが、ちょっとひづめがある。主人公はクヒで、ヒロインがクヒコでちょっとかわいい顔をしています。

――そういうアイデアはどこから出てきたのでしょうか?


久世番子氏: おそらく友達としゃべりながらだと思います。でもこの漫画は小学校2年生の時だけで、それ以降はイラストだけ描いていました。中学生の時もイラストを描いていて、高校生の時に漫画に戻ってきたという感じでした。高校生の時は好きなアニメや漫画などの二次創作で、いわゆるコミケなど、そういうことをやっていました。

プロになろうと思ったきっかけは就職活動


――プロを目指そうと思ったきっかけはなんでしょうか?


久世番子氏: 本気で商業的なプロを目指そうと思ったのは、就職氷河期と言われていた大学4年生の時でした。エントリーシートや就活セミナーを受けることがイヤでイヤでしょうがなかった。それで「私、漫画家になる。だから就活はしない」と言って、プロを目指しました。

――決断をされた時はどういうお気持ちでしたか?


久世番子氏: 同業者に聞くと、「それで食っていけるかどうかはわからないけど、漫画家にはなれる」と、みんな自信があったようです。私も「漫画家ぐらいはなれるだろう」と思っていましたし、1年でちゃんとデビューができました。

――すごいですね。ただ、デビューはできても、続けることが難しいのでしょうか?


久世番子氏: 続けることが難しいですね。漫画家を続けられるコツというのは、偶然のたまものです。同業者でも、私よりもうまい人がたくさんいますが、家庭の事情で描けなくなったり、連載していた雑誌自体が休刊してしまって仕事の場がなくなったりする。そういうことを見ていると、自分の力とは別のものがあるというか、「これはもう運だな」と思います。

女性は結婚して家庭に入ると、プライベートな本棚を持てなくなっていく


――書き手として、読者が先生の本を電子媒体で読む、ということに関してどのようなお考えでしょうか?


久世番子氏: 自分が今電子媒体で本を読んでいないので、特に何も思いません。私はどうしても職業柄、本棚があるということを当たり前だと思ってしまいますが、中高生の時に漫画がすごく好きだった地元の友達が、結婚して子供ができると、漫画から離れてしまう。たとえ漫画が好きでも、自分の本棚が置けないというか、家に本棚自体を置くことができなくなってくるようです。そういう人たちにとっては、本棚を置けないということは本が買えない=本をストックしておくことができないということで、そういう人たちにとって電子書籍はいいのかなとは思います。本棚があっても、そこは子供の絵本を置いておくものであって、自分の趣味の本は置けないし、置いておきたくないと言う友達もいます。
本はとてもパーソナルなものなので、私のような職業の人は、自分の本をけっこう平気で置けるし、人に見られてもそんなに恥ずかしくないけれど、普通の人は、自分のパーソナルな本を、子供や配偶者、急にやってきた姑・舅に見られるのをとてもストレスに感じるそうです。その時に電子書籍があると、とってもパーソナルな本棚として持てていいかなと思います。ただ、こういう自由な職業をやっていると、場所とお金さえ許せば紙の本が一番手っ取り早いので、そんなに必要ではないと思ってしまって、あまりピンときません。

――漫画に関しては、小説と違って、1冊単位というよりもシリーズで読むという感じですね。


久世番子氏: それもあるから余計にスペースの問題が出てきます。私は電子でも紙でもこだわりはありませんが、家庭の事情で本から離れる人がけっこういると聞いた時に、そういう人たちが、ストレスを感じずに本を持ち、読書ができるというのはいいなと思いました。本を持つというのはとてもぜいたくなことで、昔の貴族の部屋には図書室があった、という状態に似たようなことが今起こっている。東京では本屋さんに行けばたいていの本が買えますし、業界にいると本に対してお金をかけることに対して鈍感になります。1冊2000円の本というのはなかなか買えないという人たちが、本から離れてしまうということがもったいないと思います。

電子書籍は資料をたくさん持ち歩く人よりも、本棚を持てない人に活用してほしい


――電子書籍はそういう意味では可能があるのでしょうか?


久世番子氏: そうですね。でも最近、テレビやメディアで見る電子書籍は、資料がたくさんある人がそれをスマートに見るっていう風にとらえられている。でもビジネス最先端の人が資料を持ち歩くよりは、子供がいて部屋が散らかってしまって本棚を持てない、あるいは親と同居だか趣味の本をたくさん本棚に置いたりできないし、読めないという人が、電子書籍で読めたらとても楽しいだろうなと思います。

――もともと本が好きだった人が本に戻ってこられるということですね。


久世番子氏: 自分と同年代の女性は、結婚や家庭の事情で離れていっています。男性だったらまた別の考え方があるかもしれない。東京だったら通勤時間に読むという文化がありますが、田舎だと車で移動するから、基本的に電車の中で電子書籍を読むという文化がありませんので、都会と田舎では利用の仕方がやはり違ってくるのかなとも思います。

――確かに今まで、資料のスマート化に焦点が当てられていた気がします。


久世番子氏: おそらくそちらの方が利用者の金払いがいいんでしょう。主婦は電子化したら必ず参入するかといえば、そうとも限らないので、消費としては小さいかもしれません。もともと本離れしつつあるという風潮に対して、また生活にお金がかかるなどということがまた加速して、本を持つということが、二の次三の次になってしまう。

端末が安定しない限り、漫画の描き方はまだ流動的


――書き手の活躍の場という面ではどうでしょうか?


久世番子氏: 電子で書くっていうことに関してはよくわからないです。電子書籍の取り次ぎをやっている人と話してみると、「特に漫画は端末が変わってくると表現方法が変わってくる」と言われました。いわゆるコマビューだったのが、ページビューが今は主流だと聞くと、まだ固定できないと思いました。ガラケーの時はコマビューでしたが、今はスマートフォンだからページビューのようです。ということはこれからスマホの次に何かまた新しいものが出てきたら、それに合わせた表現方法が出てくるということで、これからも変わる可能性があるってことですから、「流動的すぎてついていけないから、怖い」と思いました。

――書き手として、書いた時点での思惑というものがあると思いますがいかがですか?


久世番子氏: 私は紙の漫画で読ませるというメソッドで育ってきました。いわゆる「とじ」があって「めくり」で構成していく。でも、コマビューで描かれている方は、コマで見せるという技術でやっていらっしゃるみたいで、そういう方の作品をページビューにすると、また違ってくるみたいです。技術の高め方が違ってくるということも聞きました。野球でいうと硬球か軟球かの違いのようなもので、一般の人には同じに見えるけど、やっている本人にとっては全然違うといった風に、なんとなく微妙に違うジャンルをやっている感じがします。そうなると、まだ端末が安定しておらず、これからいったいどんな端末が出てくるかもわからないとなると、そのわからなさだけが増しています。

漫画を描く時には、雑誌のカラーや読者を意識する


――出版社・編集者の今後のあり方というのをどうお考えですか?


久世番子氏: 出版社・編集者も大変そうな話しか聞きません。普段のやりとりは、展開を相談したりといった感じで普通だと思いますが、電話で済ます時と直接会う時があります。その雑誌や読者によってカラーがあるので、「どのような方が読んでいますか?」と詳しく伺います。文藝春秋で連載した『よちよち文藝部』などは、文芸誌を読んでいる方が楽しめるように、けっこうマニアックなネタを入れる方向でしたが、今『Kiss』という女性誌でやっている『神は細部に宿るのよ』というファッションエッセイは、かなり軽めです。ファッションでも最先端のファッションはやらずに、もっと日常に寄っていく。読んでいるのは20代後半から30代ぐらいの独身か、お子さんがいらっしゃる読者が多いので、そういう方と私の共通点をネタにしようと思っています。そういう風に考えないと、読んでもらえませんし、読者さんが受け入れてくださったからよかったなと思っています。

――とても謙虚でいらっしゃいますね。


久世番子氏: 最初は「漫画など買わなくても生きていけるのに、その漫画を買っていただいている」ということを考えておらず、自分の好きなことを書いていました。偶然書いた『暴れん坊本屋さん』を出した時に、面白いと言ってもらえて、「ああ、こういう反応が来るんだ」と知った時に初めて、こっちが投げる玉がなんとなくわかってきた。それまでは全然、そういうことを考えられない人でした。

うれしい反応も、厳しい反応も半分ずつ受け取る


――今Twitterもそうですけど、反応が返ってきやすいというか、目に見えやすいですね。


久世番子氏: もちろんうれしい反応はいいのですが、否定的な反応もあります。それにはあまりとらわれないようにしています。精神の安定が崩れてしまうので、うれしいことは半分、イヤなことも半分で受け取っておこうと思います。人間はうれしさのあまりにも死ぬし、落ち込んでも死ぬと思っているので、死なないようにと(笑)。精神的におかしくなるというか、自分を追いつめてしまう人がこの世代には多いので、健康、精神を健康に保つことを第一条件にしないと、生きていけない。体は健康ですが、心を病んでしまったために仕事を休職したりしている方がいるのを見ていると、「ああ、精神もいたわってやらないと」と思ってきました。

精神を健康に保ちつつ、新しい世界を手探りしながら描き続ける


――久世さんの漫画は読んでいるとほっこりしますが、作品に共通するテーマはありますか?


久世番子氏: なるべくつらいことは書かないようにしています。毎日楽しそうなエッセイですけども、実際はいろいろとつらいですよね(笑)。私の本を買ってくれる方は、そんなにつらいものを読みたいと思っていらっしゃらないので、「じゃあ、ここはせめて楽しい感じで読んでいただこう」と思って、楽しいものだけを買って帰ってもらうようにしています。年をとると、つらいものを読むのがどんどんつらくなってきます。やさしいものを見てワーって泣くよりも、元気がいい時に、「よし!今日はつらいものが読める」というようにかなりエネルギーがいります。読者さんから、「先生の作品が病院の待合室に置いてありました」と言われたのがうれしかったです。おそらく病院でいろいろ思うところがあって、選んでくれたのでしょう。

――最後の質問になりますが、今後の展望をお聞かせください。


久世番子氏: 精神を病まないようにがんばっていきたいです(笑)。読者サービスばかりではなく、自分自身も楽しんで書く。同じことをやっていては行き詰まってしまうので、少しずついろいろなところを探りつつやっていきたいです。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 久世番子

この著者のタグ: 『漫画』 『漫画家』 『本棚』 『きっかけ』 『パーソナル』 『活用』

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