自分の頭で考えられるような状況、
環境作りをして日本を変えていきたい
1979年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。大学院在学中にドイツ語学院ハイデルベルグを起業、その後1986年、(株)スコラ・コンサルトを設立。プロセスデザイナーとして「組織風土・体質改革」というソフト面から改革に取り組み、2009年にはシンガポールに会社を設立、日本企業のグローバル化を支援していらっしゃいます。著書には、大ベストセラーになった『なぜ会社は変われないのか』『なんとか会社を変えてやろう』『トヨタ式最強の経営(共著)』『なぜ社員はやる気をなくしているのか』『考え抜く社員を増やせ!』『どうやって社員が会社を変えたのか』(日本経済新聞出版社)など多数あります。「対話によるチームづくり」を通じて組織が変化していくプロセスのサポートをし続けている柴田昌治さんに、仕事や執筆に対する思いをお伺いしました。
お客様と一緒に、新たな価値を創造していく
――早速ですが、プロセスデザイナーというご職業の取り組みも含め、近況をお伺いします。
柴田昌治氏: 答えを提示することを仕事とするコンサルタントではなく、お客様と一緒にチームとなって、新たな価値を創造していく、そういう意味合いで「プロセスデザイナー」という言葉を使っています。普通のコンサルティングとどこが違うのかと言いますと、コンサルティングというのは、こちらが用意した答えをお客様に提示して、教えたり導いたりする要素が強いと思います。でも我々は、お客様が気がついていない自身の潜在的なパワー、能力などをお客様が自ら発見するといったことも含めて、お客様とチームになって新たなものを作っていきます。権威となって対立的な立場で指導する、説得するなどという感覚ではなく、お互いに学び合いながら、一緒にいいものを作り上げていくという感覚です。
――昭和型の営業、仕事の仕方とは全く違う新しいものですね。
柴田昌治氏: 営業ということに関して言えば、全く違うやり方です。昭和型営業は、まずお客様のキーマンをゴルフに連れていくなどして、人に取り入って仕事をもらう。需要が拡大している時はそれでもよかったんですが、そういう状況ではなくなってくると、意味もなく歩き回るだけのまさに徘徊営業になってしまう。我々は営業ではありませんから、お客様と話をして、お客様の悩みを聞きながら、一緒に解決策ややり方を探ります。会社の中がバラバラで社長の言っていることがまったく下に伝わっていなかったり、言われたことしか誰もやらないという状態はよくあります。それを解決するべく、自分の頭で考えられる環境作りを我々は提案しています。こうした環境は、社員個人の人生という意味でも、自分がどんどん成長していることを実感できますし、会社にとっても成長の力になるわけです。そういうことを議論しながら、環境作りをするお手伝いをさせていただいています。
時には、会社の軸、会社にとって重要な戦略的方向性なども、考える意欲を持つ人と一緒に、考えていきます。方向性も、ある一定の時期がきたら古くなってくるわけですが、自分たちが中心になって考えてきたことで能力もついています。古くなった時には自分たちで更新できるわけです。コンサルティングだと、社員は知恵を引き出すヒアリング対象でしかありませんが、我々の場合は、みなさんが当事者なのです。当事者同士がプロセスを作り込んで、戦略や会社の風土などを一緒に新しいものに変えていくことをプロセスデザインと呼んでいます。
読むと没頭するということが分かっているから、今は小説を封印
――幼少期の頃からさかのぼって、読書遍歴も含めてお伺いできればと思います。どのようなお子さんでしたか?
柴田昌治氏: 子供の頃は、僕はすごく本が好きでした。まだ本を買うことは大変な時代でしたが、当時は貸本屋というのがあったので、安い値段で本を借りて読んでいました。しばらくすると読むものが子供の本では1冊もなくなってしまって、まだ小学校の低学年の頃でしたが、ルビをふってある大人の講談本を、おばさんに貸してもらって読んでいました。
難しい本を読み始めたのは、中学2年生ぐらいからです。あまり記憶がないのですが、列車から落ちて、僕は1週間くらい入院したんです。その時に、僕の姉の今の旦那から、山本有三さんの『路傍の石』や下村湖人さんの『次郎物語』をもらったのをきっかけに、随分と読むようになりました。本をくれた兄は高校の先生で、本を書いたりしていて本をたくさん持っていたので、高校の頃は日本文学全集などを借りて、高校の時に全部読んだと思います。
パール・バックの『大地』は、小学6年生と中学3年生それから高校3年生という、いつも入試の前という時期に読んだ記憶があります。結構分厚い本なので、中学の時は3日くらいかかった記憶があるのですが、高校3年生の時は、夜を徹して1日で読んでしまいました。
今は、読むと没頭するということが分かっているから、怖くて小説を一切読みません(笑)。今はもっとやりたいことがたくさんあるので、封印しています。
――大学時代の読書で印象に残っているものはありますか?
柴田昌治氏: 大学生から20代の頃は、読書の傾向が変わり、政治や経済など、社会的なものを随分読みました。大学院に行ってからはドイツ語をたくさん読みました。ドイツ語の本は、当時は随分読むのが早かったと思います。僕がドイツ語を選んだ理由は、大学院に行こうと思ったら2カ国語必要で、たまたま大学の時に第2語がドイツ語だったという理由からで、当時はドイツ語はあまりできませんでした。
――ドイツ語は苦手だったとおっしゃいますが、大学院に在学中にドイツ語学院を起業されたそうですね。
柴田昌治氏: 僕は大学の時は、せざるを得ない時にしか勉強しないタイプでした。記憶力が人より優れているかというと、そうでもないので、もし人より優れている点があるとしたら、おそらく集中力だと思います。ドイツ語も、大学の時は、授業にもほとんど出ず、単位を取る時の試験は周りの友達が見せてくれました。そんな私でしたから、NHKのドイツ語講座でテレビに出た時、何人ものかつての同級生から電話がかかってきて、「お前がテレビに出ているのを観て椅子から転げ落ちた」と言われたほどです。
出来上がったものを教えてもらっても面白くない。
一緒に考えて解を作っていく先生が理想
――大学時代はどのようなことをされていましたか?
柴田昌治氏: 僕は軟派風に見られますが、学生時代は、麻雀や合コンなどをして遊んでいたわけではありません。麻雀は高校の時はしていたのですが、大学に入ってからは麻雀などしていたら時間がもったいないと思いやめました。僕はクラスの自治委員でしたから、合コンは1度だけ女子大とのセッティングをしたことがありますが、当日、僕は忙しくて行けず、結局ダンスパーティにも1回も行ったことがありません。当時は学生運動が盛んな頃で、ちょうど日韓条約が締結されたということもあり、100人以上の人が参加する朝鮮問題研究会を作ったりしていました。
――時間を惜しまずに精力的に活動されていたのですね。
柴田昌治氏: 何をするのか、何に時間を割り振るかっていうのはものすごく大事なのです。僕が授業に出なかったのは、人から何かを教えてもらうのが、あまり好きではないからかもしれません。特に、学校で教えてくれるものは、全部出来上がったものなので、面白くないのです。僕が小学校の3年生ぐらいの時に、他の子が「地球から空気がなくなったらどうなるんですか?」と女の先生に質問をした時、「そんなことあるわけないじゃないですか!」と怒られていたことを僕は鮮明に覚えています。「なんでそんな言い方をするんだろう?教育はそんなもんじゃない」と僕はずっと思っています。一緒に考えて解を作っていく先生がいたら僕は勉強したと思いますが、残念なことに、僕ほとんどそういう先生に出会えませんでした。でも、高校の時には、人間的にも素晴らしい歴史の先生に出会えまして、僕は今でもその先生を尊敬しています。その先生のように、一緒に考えてくれる、本来教育とはそういうものではないかなと思っています。
あくまで「目線は一緒」でありたい
――「教える」ことについての思いは、ご自身が本を書かれる時にも心の中にありますか?
柴田昌治氏: 僕が、出来上がっているものを教えたりするのがイヤだから、僕は、人にもしないようにと書く時も心がけています。情報はできる限り提供するので、あとは自分で考えてくださいという、あくまでも上から目線ではなく「目線は一緒にする」というスタンスです。だから、僕は「一緒に困る」という言葉が好きなんです。例えば、相手が小さい子供の場合、こちらの方があきらかにたくさんの情報を持っていたり、答えらしきものを持っていたりすることもあるのですが、子供と話をしていると子供から教えられることも結構あって、そういうことが大事だと思っています。僕は、大会社の社長と話をする時も、工場のリーダーの方と話をする時も基本的に同じ姿勢で話をします。誰に対しても同じ姿勢でありたいと本気で思い始めたのはおそらく30歳前後ぐらいだと思います。
意味のないこと、役に立たないことはしたくない
――お仕事も含めて、柴田さんの理念などを教えていただけますか?
柴田昌治氏: 人生でやりたくないことは「意味のないこと」です。仕事でも、価値を生まないと思うような仕事ならば、やめた方がいいです。まだ道路公団があった頃、全職員に対する研修の相談のために、公団の理事をはじめ7、8人で来られたことがありました。研修をすれば確かにビジネスにはなるけれど、役に立たないことは明らかでした。役に立たないことをもっともらしくやって金を稼ぐなどということは、僕は絶対にイヤだったので「やっても無駄だからやめなさい」と言って帰ってもらった記憶があります。無駄なこと、意味のないことは基本的にやりたくない。たいていは仕事をしながら元気を僕がもらいますが、意味のないことをやっているとドッと疲れます。
ノウハウは世の中で使ってもらうことが一番大事
――セミナーなどを行う際に心がけていることは、どういったことですか?
柴田昌治氏: 我が社がやっているセミナーには、同業者やコンサルの方、あるいは会計士さんがよくいらっしゃいます。会計士さんなどは顧問先をたくさん持っていらっしゃるからだと思いますが、我が社のビジネスとは直接つながらないような人たちが来られるのも大歓迎です。逆に、我々が他社主催の研修に行こうと思ったら、ノウハウの流出を懸念してなのか拒否されることが多いんです。僕らはどんどん使ってくださいと言います。
――顧客を囲い込もうというお気持ちはありませんか?
柴田昌治氏: 全然ありません。我々は「オフサイトミーティング」という言葉を商標登録していますが、例えばホテルがオフサイトミーティング研修パックなどをやっていても、特に使用料を取ることはありません。商標登録に関しては、自分たちの活動が制限されないように防護するという意味だけなので、世の中でどんどん使ってもらうことが一番大事。会社のメンバーにも、通常の会社に比べて、「日本を変えよう、世の中を変えよう」と思い、それを使命だと感じている人は多いと思います。でも、初めからそう思っていたのではなく、会社に入ってきてからそう思うように人もいるのではないかと思います。例えば総務や経理の人は、あまりよく分からずに入ってきていますが、今はすごくレベルが高い。
――どういうことがきっかけで変わっていったのでしょうか?
柴田昌治氏: 僕が変えさせたわけではありません。チームとして議論する中で、自分の頭で考えるチャンスもたくさんあるので、自分たちで変わっていったのです。自分の頭で考えると、問題は常にたくさん存在し、その問題を解決するために七転八倒の努力をしながら、その努力の中でみんながレベルをあげていっていることは間違いないと思います。
大切なのは現実をきちんと直視し、問題を解決していくという努力
――会社を作り上げるにあたって苦労した点はありますか?
柴田昌治氏: 今から25年以上前の初期の頃は、まだ研修会社で、当時は研修を「金もうけ」だと思っていた人もいて、言っていることとやっていることが違う人が多かったので、苦労は多かったです。「僕の生き方と違うから、別のやり方を見つけたい」と、プロセスデザインという方法を創りました。そして、今から十数年前に、当時が7、8人残っていた研修担当の人に退職金を渡して、「会長にはなるけど、株も代表権も持たないので、報告もいらない。自分たちの会社としてやってください」と独立させました。研修というのは、「こうあるべき」というきれいごとを言うことが多く、インストラクターは、あたかも自分がそうだという演技をするわけですが、実際はそれとは全く違う。部長研修やらせると上手いのに、部長は全然できない人もいて、こんな精神論では会社は変わらない、と考えたのが今の仕事を始めたきっかけです。
昭和型の企業統治というのは、頭の中で考えたあるべき像を押しつけるわけですが、現状はそんなきれい事とは違いますから、いつも現実と乖離していく。原子力の話でいうと、「原子力は安全でなければならない」と美しいことをいうわけですが、実際には原子力にはたくさんの問題点があるわけです。本当に大切なことは、「原子力にあるたくさんの問題点を解決するにはどうしたらいいんだろう」と一緒に考え悩み、解決策を導きだしていくことなのです。現実をきちんと直視し、その中で問題を解決していくという努力を怠らないことです。
「きっかけ」が必要
――書店で買ったものを電子書籍で読むということに関して、書き手としての思いはありますか?
柴田昌治氏: この間、大井のイオンの本屋さんで、電子書籍になっている私の一番新しい本が展示されているのを見かけました。書類にサインをしましたので電子書籍になっていることは知っているわけですが、実際に見たのはつい最近です。
これからは、電子書籍にしていかないと、おそらくダメなんだろうなとは思いますし、私の本は韓国語や中国語には翻訳されていますが、英語では翻訳されたものがありません。シンガポールに会社を作って4、5年前から活動しているのですが、書籍なしでやっているのです。そういう意味では、もっと英語で書いたものを作る必要があると思っています。そのために、まだ具体的な動きにはなっていないんですが、翻訳はできているので、電子書籍にしたいと思っています。でも、全く新しい分野ですから、どういう風にしていったらいいのか、まだよく分かっていません。
――電子書籍という業界に関しては、どのような可能性があると感じられていますか?
柴田昌治氏: 去年私の娘が、電子書籍について卒論を書いていて、その卒論は私が全部チェックしました。それによると、電子書籍で一番多いのは、どちらかというとアダルト系のものが多いということでした。彼女は経営学部だったので、売れるものや将来性などを財務的に見たり、町の本屋さんと大きな本屋さん、それから電子書籍の本屋さんとの違い、例えば設備投資がいらないという利点なども比較していて、面白かったです。電子書籍の将来性はすごくあるけれど、やはり伸びていくきっかけが必要なのではないでしょうか。これからさらに媒体が普及すれば、随分違ってくるんだろうなと思います。
――柴田さんは、電子書籍を使われていますか?
柴田昌治氏: 僕自身は全然使っていません。でもとっつきにくいというわけでもなくて、おそらくまだきっかけがないのだと思います。私にはイギリス人の友人がいて、月に何回か話をしますが、彼はiPadを持っていて、なんでもそれでやっています。僕もiPadを持つようになったら、おそらく電子書籍を読むようになるのではないかと思います。
『なぜ会社は変われないのか』を書いていたのは1997年くらいだったのですが、その頃はパソコンではなく、ワープロで書きました。それまでは原稿用紙だったのが、ワープロになり、それからパソコンになり、今は、原稿用紙に書いていたら、まどろっこしくてしょうがない。原稿用紙に書く前は、完成型が見えないので、書き直ししたり移動させたりしていましたが、パソコンだと、僕は打つのは遅いのですが、編集などが一瞬でできる。読む時は、その便利さが分かりにくいのですが、ものを作る時や、書きものを作る時は、圧倒的に電子系の方が便利だと思います。僕ぐらいの年代でも、原稿用紙は使わないわけだから、書く時のあの便利さを読む時に何らかの形で体感できたら、電子書籍は圧倒的に強くなると思います。
――読む人の立場ということで、我々も目の不自由な方に対する音声読み上げ機能というものを、大学の研究室で一緒に開発しておりまして、そういったことも電子書籍の可能性ではないかと思います。
柴田昌治氏: 今、実は、僕も音声入力にトライしようと思っているところです。読み上げたり、音声を吹き込んだり、電子書籍ならではというものへの、もう一段の踏み込みが必要なのではないかという気はします。
編集者には表現価値を変える能力が必要
――出版業界はどんどん変化していますが、書き手として出版社や編集者の役割はどのようなところにあると思いますか?
柴田昌治氏: 出版をする人間には、フォームをどういう風にしたら読みやすくなるか、たくさん売れる本になるかというセンスが必要だと思います。中身のコンテンツにどういう風な化粧をするかによって、表現価値は随分変わってくると思うので、表現価値を変える能力が、編集者には必要なのだと思います。僕は長年やってきていて、自分なりにできるようになったわけですが、必ずしも書き手は、表現価値を高めるという力は持っているわけではないので、その役割を担う人は、本来は編集者なのではないかと思います。また、読者にいかに届けるか、いかに読ませるかというノウハウを持っていることも、編集者には必要ではないでしょうか。
――編集者の方との打ち合わせなどのやりとりはどういった感じでしょうか?
柴田昌治氏: 打ち合わせは随分やります。『なぜ会社は変われないのか』から、ずっと一緒にやってきている日本経済新聞出版社の編集の西林さんとは、お互いに言いたい放題言ってケンカをします。彼がミーティングに参加したら、1時間の予定がすぐに3時間ぐらいになってしまいます(笑)。お互いに、言いたいことを言えるという信頼し合っている間柄で、完全に彼もチームの一員ですから、よそよそしくないわけです。お互いに、「いい世の中を作っていこう」と、いつも言い合っています。
具体例を示す、情報を提供することで社会を変えたい
――最後に、柴田さんの将来の展望をお伺いいたします。
柴田昌治氏: 出版を続けたいという希望ももちろんありますが、私ももうすぐ70歳ですから、あと何年活動できるかなということを考えています。我が社の今の最高年齢が、相談役の金田秀治さんで81歳。元トヨタにいた人で、本をたくさん書いていますが、僕は彼が60歳ぐらいの時に出会ったので、もう20年以上一緒にいろんなことをしています。金田さんは年齢が僕とはひと回り違うので、僕もあと12年ぐらいはいけると思っています。これからも「こういう会社が変わりました。こういう風にしたら変わっていく」という具体例をもっともっとたくさん作っていきたい。大きな会社だと、部分的には変わっていても会社全体で変えるというチャンスが少ないので、そういう具体例を作りたいというのが1つ。
仕事を選ぶ時、つまり自分の労働力を売る時に、本来、売る側と買う側は、情報量として同じでないといけないはずなのです。でも、実際は、労働力を買う側は、働こうとしている人たちを調べますが、会社の本当の中身を知るだけの情報量が世の中に公開されていないので、労働力を売る側は会社のことをよく知らずに売るしかない。リクルートがリクナビなどで情報を出していますが、あれは会社に都合の良い情報を出しているだけで、その情報だけで選んだら大変です。世の中のために何かを一生懸命努力しましょうというよりは、お金もうけのことか考えていない企業も、どのような業種にもあるということ。だから、本当に良心的な人がそういう会社に入ってしまうと、自分の良心を捨てて仕事をしなくてはならなくなる。人間はやはり、自分のやっていることが世の中や人のために役に立っているということを感じられて、初めて元気になるし、生きていることや働いていることの価値を感じるわけです。僕は今日本で問題なのは、その労働力を売る側と買う側の情報量のアンバランス、アンマッチングだと思っています。だから働く人間がどんな会社を選んだらいいかという判断材料となる情報が、たくさん世の中に出てくるような環境を作りたい。これが僕の残されたミッションだと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 柴田昌治 』