人に「知らせたい」という気持ちを大切に連載記事を書く。
――脳科学のテーマを一般向けに優しく解説されている著作もありますが、どのような感じで普段執筆されていますか?
池谷裕二氏: 講義を起こしたりすることが多いので、自分ではあまり文章を書いていませんが、『週刊朝日』に連載している記事は自分で書いています。いつも論文を持ち歩いてチェックして、「週刊誌のネタに使えそうな論文」という風に分けておいて、iPadで新幹線や飛行機の待ち時間に読み、記事を移動中で書いたりします。文章を書くのは速いから、執筆自体はあまり苦ではありません。執筆は大体スカイドライブでやっています。iPadを含め、どの端末からでも編集ができますから。
――論文と違って、一般的な著作は、専門知識がない不特定多数の読者に向けて書かれて発表されるものだと思うのですが、どのようなお気持ちで書かれていますか?
池谷裕二氏: 一種のスクープ拡散願望ですかね。例えば、絶対結婚しなさそうだなと思っていた人が絶世の美人と結婚すると知った時、友人仲間に伝えたくなりませんか?これと同じです。ゴシップネタやニュースを仕入れた時に他人へ伝えたくなるという自然な欲求と同じレベルで、私も脳研究の論文を読んでいて「おお!こんなことが発見されたのか」と知ると人にしゃべりたくなります。単にしゃべりたがりなのかもしれません。
天才的でないことに重要な意味がある。
――小さい頃から発表したり教えたりするタイプだったのでしょうか?
池谷裕二氏: 私はすごく頭が悪いんです。IQは遺伝的な要因が高いので、遺伝子を調べてみたのです。うちの妻などは100点満点というくらい良い遺伝子を持っているんですが、私はあまり良い遺伝子を持っておらず、普通くらいでした。これはあまり驚くべきことではなくて、たとえば、仕事柄、私の周りには東大生がたくさんいます。彼らは頭が良い人が多いので、そういう人を見て「自分はあそこまで頭が良くないな」と思っていたからです。そうした経験の中でわかったことは「頭が悪い」ことは結構重要だということです。つまりこういうことです。他の遺伝子を調べたところ、私は「短距離走が得意」というスプリンター遺伝子を持っていることがわかりました。しかも、オリンピックで金メダルを取るような名選手たちと同じ遺伝子でした。実際、私は中学、高校生のころ足が速かったんです。クラスには朝練夜練と血のにじむような努力をしていた陸上部の子がいましたが、全く練習しない私の方が足は速かった。運動会でリレーの選手に選ばれるのは私です。でも、第三者から「どうやったらそんなに速く走れるのですか」という質問された時に気づきました。説明ができないのです。なぜなら、もともと速いからです。「単に速く走ればいいんだよ」としか言いようがないわけです(笑)
――遺伝子というか才能のおかげなので、説明ができないわけですよね。
池谷裕二氏: 本当に才能がある人は説明ができないのです。むしろ説明できるのは、才能に恵まれなかった陸上部のクラスメートたちです。朝練夜練をしている人は「こうやって腕を振ると、0.1秒速くなるよ」、「こうやって足を土をつかむように地面を蹴ると、さらに速くなるよ」、と説明ができる。どう工夫したら足が速くなるかを説明できるのは才能がない人だけなのです。ここで「どうして私はわかりやすく人に伝えられるのか」という先ほどの質問に戻ると、その理由は、私は頭が悪いからです。理系の本をよく読みますが、天才的な人の書いていることの意味がわからないこともあります。
――その遺伝情報というのは、一般の人でも調べることができるのでしょうか?
池谷裕二氏: 調べることができます。アメリカで3社、4社くらいあると思います。わかるのは病気がほとんどですが、将来はげるか、500年前に先祖がどこに住んでいたか、生まれた時の体重、目の色は何色、寿命までいろいろなことがわかります。自分がなりやすい病気や、なりにくい病気もわかったので生活の改善にもつながりました。
著書一覧『 池谷裕二 』