池谷裕二

Profile

1970年、静岡県生まれ。 神経科学および薬理学を専門とし、海馬や大脳皮質の可塑性を研究する。 最新の脳科学の知見をわかりやすく紹介する一般向けの書籍を多く執筆しており、ほとんどの著書が中国語・韓国語・台湾語に翻訳出版されている。 その活動スタイルは新聞紙上で「ネオ理系」と評されたこともある。 著書に『単純な脳、複雑な「私」』(朝日出版社)『脳はこんなに悩ましい』(中村うさぎとの共著。新潮社)、『進化しすぎた脳』(講談社)、『脳はなにかと言い訳する』(新潮社)など。
【公式サイト】http://gaya.jp/

Book Information

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電子論文はiPadに2000本以上、
趣味に仕事に、デバイスを活用する。



池谷裕二さんは東京大学薬学部卒業後、米・コロンビア大学生物科学講座客員研究員などをへて現在東京大学大学院薬学系研究科の准教授として脳の研究をされています。また『海馬』(共著)、『進化しすぎた脳』、『記憶力を強くする』などのベストセラーを多く出されています。一般向けの脳についてのご著書も多い池谷さんに、本とのかかわりについて、また私生活でも活用されている電子書籍についてのご意見を伺いました。

新刊はクリエイターを一般公募。新しい才能の登竜門としたい。


――早速ですが、近況をお知らせください。


池谷裕二氏: 今年は、認知バイアスをテーマとした新刊を出すために、準備をしている段階です。一般向けの本にしたくて、絵本のような本を出せればいいと思っています。今回はデザイナーやイラストレーターも一般募集しているのですが、そういうプロジェクトは珍しいようで、出版業界にも注目いただいているようです。

――イラストレーターを公募するのは、どなたのアイデアですか?


池谷裕二氏: 私の提案です。たとえば美大の学生さんなど、才能ある人がたくさんいるのに、今は本が売れない時代になったので仕事のチャンスも少ない。最初の仕事が入れば軌道にのる人もいるかもしれないと思ったのがきっかけです。朝日新聞出版の企画で、ホームページを作って募集しています。私が糸井重里さんと『海馬』を出版した時に、寄藤文平さんがブックデザイナーとして初の仕事をなさったんです。奇遇にも同じ版元、同じ編集者のチームですが、今回も同じようにクリエイターにとっていいきっかけを作りたいと思っています。

東大薬学部へ進学したきっかけは、若き叔母の死だった。


――池谷さんは、海馬の可塑性の研究がメインのテーマでいらっしゃいますが、そのテーマへ至られた経緯をお聞きしたいと思います。幼少期の頃はどのようなお子さんでしたか?


池谷裕二氏: 自分では普通の子のつもりでしたが、周りからは普通ではないと思われていたようです。自分のことはわからないので、周りに聞いてほしい気もします(笑)。小学校の時は星や鉄道を見たり、趣味に没頭していました。中学校以降は勉強したと思いますが、小学校の頃は、宿題は最低限で終わらせていました。そもそも教科書やノートは家に持って帰らなかったのです。小学校のロッカーに置きっ放しだったから、6年間教科書を1回も忘れたことがない。夏休みや冬休みの時だけ持って帰っていました。

――ご両親は何もおっしゃいませんでしたか?


池谷裕二氏: 勉強については何も言われませんでしたね。父親自身が趣味などに凝り性だったので、私が新しい趣味を始めると、父親がサポートしてくれました。私が「星が好きだ」と言えば「星の本を買ってあげる」、「天体望遠鏡を買ってあげようか」などと父に言われました。「鉄道が好きだ」と言ったら、「電車を見に行こうか」などそんな感じでした。父は、私が興味を持ったものに関する本や図鑑を買ってくれたりしました。

――印象にのこっている本などはありますか?


池谷裕二氏: 小説はあまり好きではありませんでしたが、図鑑や伝記は好きでした。もちろん当時読んだ本は、小学生向けで本格的ではありませんでしたが、ワシントンやリンカーンなどはもちろんのこと、アインシュタインやノーベル、ニュートンやエジソンの偉人伝を読むのが好きでした。でも、もともと視覚的な認識の問題があるのか、文字を読むのは苦手で時間がかかるからか、長い物語はあまり読みませんでした。

――大学は東大の薬学部に進まれましたが、昔からそちら方面を目指されていたのでしょうか?


池谷裕二氏: 実は大学に進学した時は、全く薬学に進むつもりはありませんでした。東大では3年生になる時に学部が決まります。物理や化学が好きで、科目としても得意だったのでそちらへ進もうと思っていたのですが、大学の最終希望進学先を出す10日くらい前にスキルスという胃がんで叔母が若くして亡くなったことが、薬学へ進むきっかけになりました。10日前までは、化学科に行って有機物の研究をしようと思ってゼミまで出ていたのに、急に希望を変えたので、その時は生物のことを何も知らなくて、後に苦労をしました。海馬の研究を始めたのは、配属になった先がたまたま海馬の研究室で、その研究をやってみたらとても面白かったので、今でも研究を続けています。

電子書籍は読書障害のサポートに役立つか?


――池谷さんは読書障害をお持ちだとおっしゃいましたが、今日は電子書籍が読書障害をどうサポートできるかというお話もさせていただきたいと思います。


池谷裕二氏: 私は本をあまり読まないから、電子書籍もそれほど読みません。オーディオブックは英語のものが多いですがたまに聞きます。電子書籍はまだ少ないけれど、理系の本は図の解説だけだと理解しにくいので、アニメーションになっているとわかりやすいと思います。電子書籍はオールカラーにできるという点もいいと思います。

――今も日本語のオーディオブックは少ないのでしょうか?


池谷裕二氏: 私は耳で聞く方がいいのでもっと欲しいです。例えば明治・大正・昭和初期の古典小説がもっとあればいいと思います。目の見えない方のコミュニティー向けに起こしているものがあるそうですが、著作権の関係でネット上には出てこないので、もったいないなと思います。私のように文字を読むのが苦手な人もいるわけで、目の見えない人だけが文字を読めないわけではない。入試の現代文の問題やセンター試験の問題文を、時間内に最後まで読めない。現代文は異常に長く感じるのですが、漢文や古文は短いから得意でした。だから文字を読むのが不得意な人向けに、夏目漱石や太宰治の古典がオーディオブックになっていたら良いと思います。電子書籍を読み上げてくれる機能は現状ではまだ不十分ですが、この機能がさらに進化すれば、本当に助かると思います。

――実はBOOKSCANも本が読めない方向けに、音声読み上げ機能を研究室の方で一緒に開発しております。


池谷裕二氏: 素晴らしいです。わかる程度に読んでくれればいいので、完璧でなくてもいい。英語には、AdobeのPDF音読など、すぐれた機能を備えたものが出始めていますね。

電子書籍の可能性は「ペーパー」だけじゃない。


――電子書籍の可能性というと、いかに本に近づけるかという風に語られがちだと思うのですが。


池谷裕二氏: どうやって本に近づけるのかを考えるのはアナログ世代です。もし本に近づけるのではれば、私は、紙であることの重要性があると思っています。電子ブックは固いですから。紙ならば折ってもいいし、必要ならさつまいもを包んでもいいし、困ったらお尻をふいてもいい(笑)。そのくらいまで紙に徹底した電子ペーパーがほしい。あとはホログラムがもっと進化するはずですので、シアターみたいなのができてもいいかなと思います。ペーパーと言うと2次元のイメージがありますが、風呂敷のようになっていて、広げたら3Dになっていると面白いです。今は無理でも、最終的にはそこまで行ってほしいと思います。

iPadは論文持ち歩きには欠かせないデバイス。


――iPadはどのように使われていますか?


池谷裕二氏: 「著書の○○ページに書いてあることは、どういうことでしょうか」と読者からメールで問い合わせがきた時に、すぐに答えられるように、自分の本は、自分でiPadに入れて常に持ち歩いています。そのために電子化しています。実は、本としては、あとは青空文庫くらいしか入れておらず、あとはエバーノートで論文を持ち歩いています。私は、朝起きたら論文をチェックするのが日課で、毎日100本は論文をチェックします。「これは重要そうだな」と思ったらコンピューターの中にフォルダに入れておくと、iPadと同期される。ここに追加されるのは1週間に2、3本ずつくらいですが、全体で多分2、3000本は入っています。自分の研究分野に関係があるような重要な論文は、いつでも引き出せるようになっています。地方の学会に行くと、夜、研究仲間と飲みながら「あの論文にデータが出ていたよね」などとディスカッションする。「3段落目のあの文章は読んだ?」「あれは仮説がすぎるよね?」など、皆で話すときに、電子化してあれば論文をその場で出せる。論文を何千本も持ち歩くのは難しいし、いつどれが必要になるかわからない。私はもう老眼が始まっているから、iPadですと、現物の論文よりも文字を自在に拡大できるのもうれしいです。

――フォントの大きさが、自由自在に変えられるのですね。


池谷裕二氏: 赤線も引くことができますね。しかし何より検索できるのが大きい。知らない単語も内蔵辞書でワンタッチ。あっという間に引けたりする便利さでは、電子書籍は紙をはるかに超えていると思います

――論文の閲覧も電子書籍として含めるとすれば、池谷さんは電子書籍を大いに駆使されていますね。


池谷裕二氏: そうですね。毎日使っています。あと余談ですが、私は小学校5年生の時からずっとクラシック音楽が好きで、楽譜を3000曲くらいiPadに入れて持ち歩いている楽譜フェチです。教科書や楽譜はスキャンスナップでスキャンしています。私は音楽をただ聴くのではなく、楽譜を見ながら聞くのが好きなのです。作曲家別に分類しながら3000曲入れておくと、新しい時代から古い時代まで、大体の名曲がカバーできます。以前は楽譜を本棚に入れていました。今は本棚がだいぶ空きました。手持ちのCDもすべて音楽データに変換したので、かなり家がスカスカになりました。

人に「知らせたい」という気持ちを大切に連載記事を書く。


――脳科学のテーマを一般向けに優しく解説されている著作もありますが、どのような感じで普段執筆されていますか?


池谷裕二氏: 講義を起こしたりすることが多いので、自分ではあまり文章を書いていませんが、『週刊朝日』に連載している記事は自分で書いています。いつも論文を持ち歩いてチェックして、「週刊誌のネタに使えそうな論文」という風に分けておいて、iPadで新幹線や飛行機の待ち時間に読み、記事を移動中で書いたりします。文章を書くのは速いから、執筆自体はあまり苦ではありません。執筆は大体スカイドライブでやっています。iPadを含め、どの端末からでも編集ができますから。

――論文と違って、一般的な著作は、専門知識がない不特定多数の読者に向けて書かれて発表されるものだと思うのですが、どのようなお気持ちで書かれていますか?


池谷裕二氏: 一種のスクープ拡散願望ですかね。例えば、絶対結婚しなさそうだなと思っていた人が絶世の美人と結婚すると知った時、友人仲間に伝えたくなりませんか?これと同じです。ゴシップネタやニュースを仕入れた時に他人へ伝えたくなるという自然な欲求と同じレベルで、私も脳研究の論文を読んでいて「おお!こんなことが発見されたのか」と知ると人にしゃべりたくなります。単にしゃべりたがりなのかもしれません。

天才的でないことに重要な意味がある。


――小さい頃から発表したり教えたりするタイプだったのでしょうか?


池谷裕二氏: 私はすごく頭が悪いんです。IQは遺伝的な要因が高いので、遺伝子を調べてみたのです。うちの妻などは100点満点というくらい良い遺伝子を持っているんですが、私はあまり良い遺伝子を持っておらず、普通くらいでした。これはあまり驚くべきことではなくて、たとえば、仕事柄、私の周りには東大生がたくさんいます。彼らは頭が良い人が多いので、そういう人を見て「自分はあそこまで頭が良くないな」と思っていたからです。そうした経験の中でわかったことは「頭が悪い」ことは結構重要だということです。つまりこういうことです。他の遺伝子を調べたところ、私は「短距離走が得意」というスプリンター遺伝子を持っていることがわかりました。しかも、オリンピックで金メダルを取るような名選手たちと同じ遺伝子でした。実際、私は中学、高校生のころ足が速かったんです。クラスには朝練夜練と血のにじむような努力をしていた陸上部の子がいましたが、全く練習しない私の方が足は速かった。運動会でリレーの選手に選ばれるのは私です。でも、第三者から「どうやったらそんなに速く走れるのですか」という質問された時に気づきました。説明ができないのです。なぜなら、もともと速いからです。「単に速く走ればいいんだよ」としか言いようがないわけです(笑)



――遺伝子というか才能のおかげなので、説明ができないわけですよね。


池谷裕二氏: 本当に才能がある人は説明ができないのです。むしろ説明できるのは、才能に恵まれなかった陸上部のクラスメートたちです。朝練夜練をしている人は「こうやって腕を振ると、0.1秒速くなるよ」、「こうやって足を土をつかむように地面を蹴ると、さらに速くなるよ」、と説明ができる。どう工夫したら足が速くなるかを説明できるのは才能がない人だけなのです。ここで「どうして私はわかりやすく人に伝えられるのか」という先ほどの質問に戻ると、その理由は、私は頭が悪いからです。理系の本をよく読みますが、天才的な人の書いていることの意味がわからないこともあります。

――その遺伝情報というのは、一般の人でも調べることができるのでしょうか?


池谷裕二氏: 調べることができます。アメリカで3社、4社くらいあると思います。わかるのは病気がほとんどですが、将来はげるか、500年前に先祖がどこに住んでいたか、生まれた時の体重、目の色は何色、寿命までいろいろなことがわかります。自分がなりやすい病気や、なりにくい病気もわかったので生活の改善にもつながりました。

「すべてを電子に置き換えることはできない」ことを理解して電子書籍を楽しむ。


――池谷さんのように書籍をiPadに入れて読まれるユーザーは多いと思うんですが、その読み方に関して何か特別なお気持ちはございますか?


池谷裕二氏: 時間の経過が排除されているのが電子書籍だと思います。一方、紙は劣化するし、虫にも喰われる。日に当たったら変色するし、角が丸まってくる。本にはそうした時間経過という軸がありますが、電子書籍にはそれがない。電子書籍は「物」ではなくて、ただの情報媒体だからです。私たちは時間の中で生きています。時間の経過を感じるのは脳の働きの1つですが、その時間が電子書籍から排除されていることをきちんと知らなければいけない。電子媒体は素晴らしい媒体ですが、それだけですべての「モノ」を保管できるわけではないことを、きちんと理解した上で楽しむことが大切だと思います。

――時間の経過ですか。


池谷裕二氏: 古くならないことは、良いことととらえるのが普通だと思いますが、良いことばかりではない。本の質感から四季や日夜などの「時間」を感じますが、電子書籍にはそういうことがない。昔だったら夜は暗くて本が読めなかったのが、今は真っ暗闇でも読める。これはつまり朝昼晩の時間を排除しているということなのです。だから電子書籍は、その時間感覚の欠除を知った上で楽しまないといけないというのが私の持論です。



電子時代の出版社や編集者の役割とは文明をデザインすること。


――本を出すこと以外で出版社や編集者の役割は、どんなところにあると思いますか?


池谷裕二氏: もちろん人材発掘もそうですが、未来の活字文化、文明それ自体をデザインするのかなと私は思います。おそらく紙媒体は、早々にほぼ駆逐される、となると次に代わるものは何なのか。電子化されるとなると「では、インターネットやテレビのような他のメディアとどう違うのか」など、そういったことさえも総合的にデザインしていけるのが、これからの編集者だと私は思っています。

――そういう資質やそういう能力が求められるのですね。


池谷裕二氏: 求められるし、今やっていることがそのまま自然とそうなっていくのではないかなとも思います。誰か1人とびぬけるというよりは、皆で模索しながらいくと、自然と自己促進的に新しい次世代の文明や文化、流行や時勢ができてくるはずです。そうした自己組織化現象が、必要に応じて今度はテクノロジーを刺激します。「そういうコンセプトがあるのならば、もっと薄くしてみよう、新しいアプリを考えてみよう」という風になる。そうやって次の文明を引っ張っていくリーダーとして、編集者という職業が、絶対に必要だと私は思っています。

――そういう意味では出版社にもそのような役割があるんじゃないかと思いますが。


池谷裕二氏: あります。ちなみに私自身も、まさに講談社のブルーバックスの編集者に引っ張っていただいたのです。私のホームページを見て、「池谷さん、面白いことをホームページに書いていますね」と言われて、その気になっていたら、「ならば本にしない?」というのが始まりだったのです。

――それがきっかけだったんですね。


池谷裕二氏: そうやって研究界に潜んでいた私を見つけてくださったわけです。ただの研究者で終わるはずだったのが、今こうしてインタビューをしていただけるようにまでなったのは、その編集者の方の力添えがあればこそですね。

派手なことは嫌い。研究をしながら良いエンドユーザーであることを目指す。


――今後の展望をお聞かせください。


池谷裕二氏: 今は、研究が面白いからできれば研究だけに専念したいと思っています。週刊誌で連載をしたり、授業などで人に伝えたりすること自体は好きではありますが、派手なことはあまりやりたくない。むしろ私はエンドユーザーでありたいです。発信する側よりは、発信されたものを、よりよく読む側でありたいというのが本音です。そんなふうに過ごすことに憧れています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 池谷裕二

この著者のタグ: 『大学教授』 『科学』 『研究』 『脳』 『音声』

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