激動の本の世界、出版社も作家も模索中
小林泰三さんは、ホラー、ミステリー、SFと、ジャンルを超えて活躍する小説家。工学の研究者、エンジニアとしての一面もあり、科学知識に裏打ちされたプロット、描写によって独特の作品世界を築き上げています。小林さんに、普段の執筆スタイルや作家となったきっかけ、電子書籍や本の電子化に関するお考えについて伺いました。
「頑張る」ことは好きではない
――独特の世界観がどのように生みだされているのか、興味のある読者の方も多いと思うのですが、普段はどのようなスタイルで執筆されていますか?
小林泰三氏: 私は頑張るのがあんまり好きではなくて、ダラダラとして生きていきたいと常に思っています。晩ご飯食べて、ビール飲んで、お風呂へ入ってから「さあ書こうか」みたいな感じで、疲れた時は書かないです(笑)。どちらかというと土日に書くことが多いでしょうか。
――アイデアはどのようにして生まれてくるのでしょうか?
小林泰三氏: 色々なパターンがあります。アイデアから始まるものもありますが、イメージ先行で、まず絵が浮かんできて、その情景に至るまでには何があったのか、何が起こっていくのかと考える時もあります。例えば、『玩具修理者』は、まず畳の部屋で人間の部品を集めるっていう情景が浮かんで、それを成立させるストーリーを後で考えました。イメージは、歩いている時とか、風呂に入っている時とか、電車に揺られている時とかに、ふと湧いてくることがあります。
――作品の完成までは、編集者の方と密に話し合われるのでしょうか?
小林泰三氏: 作家のタイプによって、編集者さんと強く結びついて、共同作業で作り込んでいく人もいるみたいですけれど、私の場合はマイペースであまり編集者さんとは相談しないタイプです。新人の頃はやっぱり、編集者さんに対して恐縮というか、脅威に感じていまして、「この人の機嫌を損ねると作家の道は絶たれる」と思って、素直に言う事を聞いていました(笑)。ただ、「こういうテーマで今回どうですか」とか、作品のヒント、方向性を指し示していただけることは編集者さんのいいところです。「こういうのを書いてください」と言われて、その通り書く場合もあるし、プロットを見せて、「こういうのを書きたいんです」という場合もある。短編の場合はできたものをポンと渡しますが、長編の場合、それはちょっと怖いですね。
――読者の反応など、どう読まれるかなどは想定されながら書かれていますか?
小林泰三氏: あまり考えないようにしています。特定の読者に合わせて書くのは、可能ですが、難しい。色々な方がいて、それぞれに文句が出てくるわけですから。よくネットの感想で、「そんなヒントを出したら丸わかりじゃないか」と言われることもありますが、隠しすぎると「こんなのわかるはずない」って言われる。難しいですね。
でも、現代は、かなり著者と読者が近い時代じゃないかと思います。SF系は、昔からSF大会とかで「手塚治虫や小松左京に会える」というような機会が、普通にあったみたいですが、ミステリーは作家と読者は、かなり離れていた。でも今はネットがあるので、作家にメールが普通に出せます。作家も返事が書けるし、反応が見られる。芸能人の方とかはブログを書いていても、事務所があって勝手なことはできないから、メールにあんまり返事を書かないと思いますが、作家は独立性が高くて、誰も止めないですから(笑)。読者との関係は昔よりかなり近くなったと思います。
科学への興味が創作に導いた
――小林さんは、幼少の頃はどのようなお子さんでしたか?
小林泰三氏: おとなしい子で、友達と遊ぶよりも一人で空想しているのが好きな子でした。テレビを見て、終わった後の続きを考えるくせがありました。子どもの頃ってあんまり遅くまで起きていてはいけなかったから、テレビの映画劇場を見ていても、10時頃になると、親が「もう寝なさい」と言う。でも布団の中で、続きはきっとこうなるのだろうなとずっと考えていました。あんまり現実感のない、夢の世界で生きているような、ちょっとぼんやりした子だったんでしょう。
――その頃から小説を書かれたりなど、創作をされていましたか?
小林泰三氏: 書くのはもうちょっと大きくなってからです。中学生ぐらいになってからだと思います。ノートに書いて、それを隠してという感じでした。
――どのようなジャンルの小説を書かれるようになったのでしょうか?
小林泰三氏: SFのようなものです。やはり、科学的なことに興味があったというのが大きいと思います。『宇宙戦艦ヤマト』が小学校の高学年ぐらいで、テレビドラマでも、SFが当時多くて、『猿の軍団』とか、『日本沈没』のドラマ版もありましたし、海外ではスタートレック――当時は『宇宙大作戦』という題名でした。あと『ミステリーゾーン』なんかも見て、SFが好きになっていったという感じです。
――学校の勉強はいかがでしたか?
小林泰三氏: そんなに勉強は好きではありませんでした。なにせ努力が嫌いですから、なるべく努力をせずに生きていきたいし、努力せざるを得ない状況はなるべく避けたい。大学受験の時は、仕方なしに努力しました。まあ、大学に入っておけば後で楽できると思っていました。
――大阪大学の基礎工学部に入学されますね。
小林泰三氏: 基礎工学部というのは、基本的には工学部ですけれども、ちょっと理学部寄りな感じでした。コンセプトとしては、工学部と理学部の中間。科学的なことが好きだったので、工学と理学両方の面があるところが面白いと思っていました。
――創作活動は、大学に入ってからもずっと続けられたのですか?
小林泰三氏: 大学の頃はあんまりしていなかったです。ただ、読むことはずっと続けていました。メインはSFで、あとはホラーとかミステリーとかも読んでいましたし、ギリシャ哲学、仏教哲学、孔子とか、聖書も読んでいました。
デビューのきっかけは妻の一言
――それから工学の専門家として企業に勤務されることになるのですが、プロの作家としてデビューされるきっかけを教えてください。
小林泰三氏: 家内に「書け」と言われたことです(笑)。家内もホラー好きで、よくホラー小説を買っていたんですけれども、ある時、本の中に折り込みのチラシが入っていて、「賞金総額一千万円」と書かれていたんです。「総額」って、大賞と色々な賞を合わせた額ですけど、彼女は大賞が一千万だと思って、「私が書く」と言っていたんですが、締め切りが近づいてきても一向に書く気配がない。「どうしたの?」って聞いたら、「書けへんからあなたが書いて」と。
――締め切りが近づいている状況で、どのくらいの期間で書き上げたのでしょうか?
小林泰三氏: 短編なので4日間で書き上げました。書き上げて家内に「出しておいて」と言って渡して、すっかり忘れていまして、会社から帰ってくると、家内から、「角川から『最終候補に残りました』って電話があった」と。それはもうビックリしました。しばらくは夜も寝られない状態で、夢じゃないかなとか、だまされているのじゃないかなとか。だましても誰も得しないですけど(笑)。でも本屋に行って、『野生時代』を開いてみると、私の名前が書いてあって、「やっぱり本当だ」と。発表の日まで、ずっと電話の前で待っていたような状況です。家内はすでに、本が出たらどんなもんか、とか皮算用があったようです(笑)。
――ブログでも拝見しましたが、奥さまとのご関係が大変面白いですね。どのような出会いだったのでしょうか?
小林泰三氏: 大学時代から付き合っていて、最初は合コンみたいなものです。26歳の頃に結婚して、小説を書いたのは32歳の頃。ずっと発言力は強いですね(笑)。
著作権の概念を教育する必要がある
――電子書籍はお読みになっていますか?
小林泰三氏: 電子書籍自体は、まだリーダーを持っていないので読んでいません。それは別にポリシーがあるわけではなく、たまたま持っていない。携帯の買い換えのタイミングが悪くて、ガラケーです。家に帰ればパソコンがあるので、iPadとかを買うモチベーションもなかなかないです。
――電子書籍の可能性について、どうお感じになっていますか?
小林泰三氏: 本をたくさん読む人にとって一番の問題なのは、物理的なスペースが足りなくなってくることです。本そのものが好きな人、本マニアの人は、紙の本がいると思いますが、とにかくこの小説が読みたいとか、読むことが大事だという人は、実体としてある必要はなくて、それをネット上に置いておいて、パソコンとかiPadで読むことができればそれでいいということになってくると思います。あとは、短編のばら売りとかもできます。得なのか損なのかはわからないですけれども、10個まとめて短編集として売ることもできるし、1本ずつ売ることもできる。今までは短編1冊、10ページの本に値段をつけて売ることは、たぶん不可能ですね。昔、豆本で、150円ぐらいの、100ページぐらいの本というのもありましたが、あれもだんだん消えましたね。
――紙の本をスキャンして電子化することについては、どのようにお考えですか?
小林泰三氏: 出版としての電子書籍であれば、コピーに当然規制がかけられると思う。でも、普通の本をPDF化するのは、その中間形態なので難しいところです。昔、レンタルレコード問題がありましたが、それと同じように、自分が買った本をPDFにすること自体は問題ない。ただ、善意からそのPDFを人にあげることがある。悪意じゃないところが怖いところで、貸してよって言われた時に断れない。それで今後は、ちょうだいっていう話になって、これも断れない。「著作権があるからだめ」ということは、友達同士では言えないでしょう。しかも友達同士で収まればまだいいのですが、友達の友達に広がる可能性が捨てきれない。しかもそこまでいっても悪意がない。それを高圧的に止めるというのも難しい。スキャン自体を禁止はできないですし、消滅することは絶対にない。読者の方も、自分がそういうことをすると、将来の出版業界がしぼんでいくことをイメージするのは難しいから、そこをどうしていくかというのがこれからの課題だと思います。人間は賢いのでなんらかの解決策はできていくと思っています。
――例えば、どういった解決策が考えられるでしょうか?
小林泰三氏: 著作権に関する教育をしていく必要があると思います。著作権というのは、そもそも最初から存在するものじゃなくて、人間が作った権利であることをとらえきれていない人も結構いると思う。例えば、小説を書きました、それを勝手にコピーしました、という時に、「なんであかんねん?自分の金を出してコピーしてるねん」とか「作家なんてインク代しかかかってへんやないか、なんで価値があんねん」という考え方もおそらくあると思うんです。つまり世の中の同意が、完全に出来ていない。書籍に限らず音楽も映画もそうです。音楽と映画は情報量が多いわりに、わりと容易にコピーできる。どっちかというと書籍のデータ化の方が、本をバラすとか、邪魔くさい。音楽産業が落ち込んだのは、コピーが容易にできたことが大きい。教育で、著作権というものがあります、というところから始めなくてはならない。
出版業界に感じる「迷い」
――本づくりの現場、出版業界には変化はあるでしょうか?
小林泰三氏: 出版社・編集者の役割は常に変化していっていると思います。私が作家になってからも少しずつ、出版社の役割というのは変わってきているし、ネットが普及してきたここ10年くらいでも大きく変わりました。私が作家になった直後は、編集者も作家もメールを使えないっていう人が多かった。私より10年上になってくると、今でも使えない人の方が多いんじゃないですかね。今でも原稿をFAXとか宅配便とかでやり取りされている。でもわれわれより後の世代、50代以下はほぼメールが使えるし、入稿も全部、基本的にデータ上でやっている。そして、最後の最後にそれをデータから紙にして出版していますが、これからはそのまま電子出版にするという選択肢がある。電子出版の準備は整っていると思います。私の原稿も電子データで出版社には存在していると思いますので、誰かがGOを出せばすぐ電子化できるという状態にはなっているでしょう。実際何冊かは電子化されています。
――電子書籍はコンテンツ不足とも言われますが、普及への障害があるのでしょうか?
小林泰三氏: 著作権問題をどうクリアするかが大きいと思います。あと課金制度をどうするかということです。今までの既得権というか、そこでお金をもうけていた人たちの仕事がなくなる。直接的には、本屋さんがどうやってもうければいいかとか、あとは取り次ぎとか、細かいところで言いますと製紙業界や倉庫業、印刷所も困ってくる。出版社も方向性をどう見るかというのがあって、今までの本は、単行本を出して、それが新書になって文庫になって、という流れがあります。それは単に古い物を安くしていくという面もある。同じもので値段を下げることができないので、形態を変えて安くしていくという方向です。その延長線上に電子書籍もあるという考えもあります。初めは単行本で出して新書を文庫にして、最終的に電子書籍で、だんだん値段を下げて売れる。それは一つの方向性、考え方です。
もう一つは、紙と電子はパラレルなものであって、電子書籍は電子書籍で売る、本は本で同時に売る。この二つの考え方があって、たぶん出版社も悩んでいるのではないかと思います。本と電子書籍を同時発売というパターンも多いんですが、そうじゃなくて昔に発売したものだけを電子書籍にするというパターンもあって、その二本立てで出版社も、迷いながらやっているように見えます。
新しいジャンルにトライしたい
――作家にとっても、電子書籍でどのように売り上げが還元されるのか、不安を持っている方も多いのではないでしょうか?
小林泰三氏: 今まで出版界は適当だったんです。ほかの業態じゃありえないと思いますが、お金をいくらもらえるかわからないで仕事を始めるとか、出版する時も、値段はいくらで何万部出しますという話も、決まっていない時がある。作家はあまり気にしない人がいるので、ふたをあけてビックリという話もたまに聞きます。
――ビックリというのは?
小林泰三氏: あまりにも少なくてビックリする。原稿料も「1枚なんぼですか?」って聞きづらいところがあって、知り合いの作家で、「何枚書いてください」と言われて書いて出して、それっきりになったので、「すみません、原稿料は?」って言ったら、「あれは原稿料なしです」ということがあったそうです。それはさすがに怒ったらしいですけど。推理作家協会とかでは、それはよくないから、これからは最初に確認しよう、という方向になっています。
印税率も問題はあって、紙の10%というのはかなり長い歴史があって、やっと収束していったもので、私が作家になる頃にはほぼ10%だったのですけど、本というのは作家の分、出版社の分、印刷屋さんの分、本屋さんの分、製本屋さんの分というのを、1冊の本を売るごとに分担しているので、電子出版になれば、当然なくなっている分が出てきます。それでも作家の分が10%なのはおかしいという議論もあります。
――最後に、小林さんご自身の作品について、展望をお聞かせください。
小林泰三氏: 私は飽きっぽくて、同じものばっかり書いているのはイヤなので、色々なものを書いていきたい。ただ、変わったものを書くと、前の方が良かったとか、昔からのファンが嫌がるところもあって、ちょっとそこは難しいところです。アクション的なものを書くと、ドロドロしたやつを書いてとか(笑)。ミステリーとホラーは、重なっているところもあるんですけど、ちょっとずれているところもあって、今までホラーの方しか書いていなくて、ミステリーを書いてもホラーの読者にしか届いていなかったのが、一昨年の『大きな森の小さな密室』で、ミステリーの読者が気付いてくれたみたいで、ミステリーもちょっと書きやすくなった感じです。SFの読者もちょっと前から気付いてくれるので、その辺は書きやすくなってきたかなと思っています。
ホラーとミステリー、SFと書いてきましたが、今後は、ファンタジーミステリー的なものを書こうと思っています。そっち方向も今、ちょっと楽しいかなと。まだやっていない歴史物とかも、そのうちトライしたいです。歴史物をやるためには資料集めをやらないといけないので、ちょっと時間がかかると思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 小林泰三 』