電子書籍の利便性を活かす使い分けを
――電子書籍についてはどのように思われますか?
中本千晶氏: Kindleを最近買って、自分で使ってみて分かったことがたくさんありました。まず、「形がない」ということの価値です。軽い感じのビジネス書などはむしろ電子書籍で読みたいなと思います。でも、ある程度ボリュームがあって難しい本、何度も振り返らないと理解できない本は、やはり電子書籍で読むのは難しい。今の出版業界は、昔出た本を安く電子書籍化する流れのように感じますが、それが少し私は違うのではないかと思っています。新刊でも電子書籍に合う本はあるので、そういうものをきちんと編集者が見分けて、どんどん電子書籍化してほしいです。そういった使い分けが必要だと思います。
――電子ならではの機能、動画や音声などが出る本についてはどのように思われますか?
中本千晶氏: そうなると限りなくネットの世界に近付いてしまう気がするので、私はあまりそういう欲求はないです。それよりも、目次を押したらそこに行くようになっているとか、検索できたりなどと、電子書籍を読むときに欲しくなる仕掛けがきちんとしているものがいいです。あとは、電子書籍ならではのハイライト機能が好きですね。紙の本でも、線は引くことはできますが、それをまとめて読み直すことは電子書籍にしかできないですから。
――電子書籍で、本を出すことが簡単になるという考え方もあります。粗製濫造が起こることも考えられますが、今の出版業界の状況をどうお考えでしょうか?
中本千晶氏: 一日200冊、年間7万冊本が出るご時世、本当にこんなに本が必要なのかと本屋さんを歩いていて辛い気分になることもあります。世の中の人たちの自己顕示欲のパワーのようなものに圧倒されてしまうんですよね。たまたま自分が本を出した直後だと、「私の本はこの中のたった1冊か……」と、すごくブルーな気持ちになることも(笑)。でも、そのいっぽうで基本的にどの本も1冊1冊、苦労しながら作られていて、著者や編集者の想いが詰まっているわけで、「そうやって作られた本がこんなにたくさんある日本は豊かで平和な国だな」といった思いもあって。そんな両方の気持ちが私の中にはありますね。
「面白いから出してみよう」という可能性を残す
――「企画のたまご屋さん」は何人位のメンバーで活動されているのでしょうか?
中本千晶氏: 創業当初は2人から始まって、今は30人弱です。各自それぞれ自分の柱としての仕事は持ちつつ、「たまご屋さん」にも関わっていただいています。「たまご屋さん」に関わることで、皆さんそれぞれの仕事にも何か還元されたらいいなと思っています。株式会社ではなくてNPOという形にしたのは、ひとつには「売れる本」だけでなく「世の中に必要とされる本」を形にするお手伝いができればという思いからです。また、「上司が言ったことをやる、その代わりお給料を払う」といった形ではなく、「自立したメンバーによるユルい組織」としてやっていったほうが自分たちらしいし、コスト的にも無理なく組織を継続していけるという考えもありました。
――今後の「企画のたまご屋さん」の活動の展望をお聞かせください。
中本千晶氏: 最初にもお話しましたが、「企画のたまご屋さん」は、原石が見つけられる可能性のあるシステムだと思うので、そういう場としての価値を、手入れをして保っていきたいですね。世知辛い世の中になりましたが、「面白いから出してみよう」といった可能性が少しでも残っていくようにしたいです。もう1つは、先ほどお話した「自立したメンバーによるユルい組織」の、モデルケースを作っていきたいという思いもありますね。
本に限らずどのメディアも、一様に厳しいと思いますが「やっぱり本で出してよかった」と言われるような活動をしていきたいです。スピード勝負の時代の中にあっても、本はスピード以外のもので勝負できる付加価値があるものだと私は思っています。
――最後に、文筆家としてのテーマもお聞かせいただければと思います。
中本千晶氏: 今のメインテーマの宝塚歌劇が来年100周年を迎えます。書き手として、こんな節目の年を目の当たりにできるのはとても幸運なことなので、全力でスミレ色の世界に染まって、その時でないと出せない本を出していきたいと思います。でもその後は、もっと時間をかけて宝塚歌劇をじっくり見つめ直す本も書いてみたいですね。また、元々書いているキャリアの話や、宝塚歌劇以外の芸能の話も忘れた訳ではないので、そういったところにも世界を広げて書いていきたいと思っています。「書き続けられること」が私にとっては幸せなことなので、そのことに対する感謝の気持ちを忘れずにいたいです。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 中本千晶 』