お金、知名度は関係ない。心だけでつながろう。
今一生さんはフリーライター、編集者。最近はソーシャルなテーマについて講演をするなど、幅広い活動をされています。1965年に早稲田大学第一文学部を除籍後、広告業界を経て、1997年に親から虐待された人たちから公募した手紙集『日本一醜い親への手紙』3部作を編集、累計30万部のベストセラーとなり、その後も著者として『社会起業家に学べ!』『ソーシャルデザイン50の方法』『生きちゃってるし、死なないし/リストカット&オーバードーズ依存症』など多数の本を執筆されています。独自の視点で人と社会を見つめ続ける今さんに、本や電子書籍についてお伺いしました。
最近はスピード感が多い講演の仕事が多い
――早速ですが、近況をお聞かせください。
今一生氏: 最近は、昔から長く掲載をしている雑誌記事以外は、特集記事も含めても、たまに掲載する程度です。書籍の編集、執筆もしますが、基本的に大学や自治体での講演の仕事が多いです。
先日は日本財団で広報戦略セミナーの先生をしたり、イケダハヤトさんと対談したり。僕の中で講演やセミナーの仕事を増やしているのは、スピード感を必要とする問題が多いと知ったからです。
――スピード感が必要な問題とは?
今一生氏: 「情報を早く知っていれば解決できたはず」という問題が、実は少なくないのです。
ネット上で短い文章を拡散しても理解のレベルに限界がありますが、ライブイベントで目の前に聞き手がいれば、情報伝達の手段としては一番速くて、コミュニケーションも豊かですよね。
たとえば、選挙にも投票率が上がらないという問題がありますが、選挙運動の期間が近づいてから投票率を上げるために動き始めても遅いですよね。
末期がんに罹って抗がん剤で全身の毛が抜け、残りの人生の時間のほとんどをひきこもらざるを得ないとあきらめがちの人には、5万円のかつらが売られている現実を早めに知っておいてほしいですし。
つまり、問題を解決するには、早く豊かに解決方法をシェアする必要があるんです。それだけ深刻な問題を抱えている人が増えているんですね。
深刻な問題ほど、軽やかに伝えることが大切
――伝達の手段の一つである本ですが、執筆の際に大切にされていることはありますか?
今一生氏: シンプルに、軽やかに伝えることです。昔から解決されてない社会問題はたくさんあって、1つ1つの問題がかなりシビアで深刻です。僕も自殺の取材を15年くらいやっていましたが、自殺の場合は、複合的な問題が解決されないまま人が死んでいくといったように、重い問題ほどすぐに解決できるものは少ないのです。
深刻なことをそのまま語られると、真正面から向き合って解決しようとする人は、長い間考え込むことになり、うつうつとしてくるわけです。だから、深刻なものほど軽やかに、180度違うイメージにもっていかなければ、と思っています。
――深刻なことを、どのような形で見せればいいのでしょうか?
今一生氏: たとえば、パラリンピックが開催された時、車いすのアスリートや片足のアスリートの写真を撮影したカメラマンの方がいらっしゃいました。そういう写真では、「車いすのアスリートってかっこいい」と感じることができるわけです。
「車いすの人は大変そう」という一方的なまなざしのまま、大変なことをただ大変だと伝える報道だけでは、人は積極的にそれを情報として積極的に取り込もうとは思いません。だから、「かっこよくする」などの軽やかな伝え方に工夫することが大事だと思っています。
――確かにイメージの力というのは大切ですね。
今一生氏: 社会問題を解決するソーシャルデザインの若い担い手の中には、解決を望む当事者の満足度から遠いことを平気でしていても、取材不足のメディアや世間からは支持されているという人も一部にいました。
でも、その一方で志を熱く語り、ソーシャルデザインの先駆者になった団塊の世代の方もいました。僕は40代後半ですが、そうした団塊の世代(60代)と今の20-30代の人たちとの間に立って、翻訳のような役割をしています。
そのためには「なぜおっさんたちは熱く語りたがるのか」を説明したり、「なぜ若者は熱くなりにくいのか」ということも年長者に語ります(笑)。40代はHUBの役割をしているような気がします。HUBの世代は、難しい社会問題であればあるほど、それに関心を持ってもらうための仕掛け作りやイメージ戦略をやる必要があるんじゃないかな。
小学校5年生から勉強に目覚めて、中学生では1番に
――そうした異なる文化を持つ人の間に立つことに関心を持ったのは、いつ頃ですか?
今一生氏: おそらく中学生の頃です。僕は小学生の頃、勉強ができなくて、5年生くらいまでは授業時間が始まってもはしゃぐので、「立ってなさい」と廊下に立たされるというタイプでした。
ところが、5年生の終わりくらいに転機があったんです。同じクラスの同級生が、日曜日に一緒に遊ばなくなってしまったんです。どうも中学受験の塾へ行っているらしい。「なるほど。じゃあ僕も塾へ行ってみようかな」と思って父に伝えたら、「やっと勉強したくなったのか」とすごく喜ばれました。実際に塾へ行ってみたら内容が超ハイレベルで、先生が何を言ってるのかさっぱりわからない(笑)。
でも、「塾の生徒を増やしたい」と塾自体に気合いが入っていた時期で、とても丁寧に指導をしてくれて、メキメキ勉強ができるようになったんですね。6年生の1年間通っただけで、学校で2番目になりました。その同級生はラ・サールへ行ったんですが、僕は受験をしなかったので普通に地元の公立中学校へ行き、中学では3年間ずっと1位でした。
でも、そもそも「勉強が好き」というわけじゃなかったので、友達はヤンキーが多かったです。当時はちょうど『金八先生』の放送が始まり、校内暴力がピークの時代。高校は当時県下で3位の偏差値だった県立木更津高校へ進みましたが、木更津市内にはヤンキーばかり集まるマンモス私立高校が2つもあり、同じ町で同世代が学歴で将来を分断される様子をまざまざと見せ付けられました。
メディアでは「ハイブリッドな視点」が重要
――学歴が異なる人どうしがいる環境に身を置かれたんですね。
今一生氏: そうなんです。だから、ヤンキーと優等生、どちらとも仲が良かったんですね。
そういった付き合いのできる環境の中で、「ハイブリッドな視点」が築き上げられていきました。今日の日本でも2人に1人しか大学へ行っていません。
だからメディアで何かを伝える時にも、大学に進学していない人に対してもどうわかりやすく伝えるか、ということを考えなければいけないはずです。高学歴と低学歴とでは文化が違いますから、両方の文化をふまえて伝えることが大事なんです。
わかりにくいものをもっとわかりやすくして、社会問題を速やかに解決できる仕組みなどの価値ある情報をより多くの人に理解できるようにするのが報道関係者の本来の役割。
でも、メディアでは今、そういった本筋のミッションが見失われつつあるような気がします。東日本大震災の後から、それに気づいた市民も多いようです。
――メディアの属性によって社会的役割も異なりますよね。
今一生氏: メディアにはそれぞれ特性があって、テレビは取材したものを映像で伝えることができるため、生中継の速報性があります。新聞や活字は、印刷する工程があるから、速報性よりも正確性。雑誌には、テレビ、新聞の紙面では拾うことができなかった真実をより深く拾えるといった特性があります。
週刊誌なら最長で5日間くらいは旬のネタを取材できるわけで、「新聞はこういうふうに速報で出したけれど、深く追ってみると実はこんな真実があった」というぐあいに新事実を掘り出せる。
それぞれ、ついているクライアントやスポンサー企業も違います。読売新聞が今の部数を1000万部と公表していますが、朝日新聞や毎日新聞が何百万部の世界、雑誌が数十万部です。
そうすると1けた媒体力が弱いということで、その分しか広告収入が得られません。そういう事情でテレビ、新聞はビビッドにスポンサー企業に気を使いますが、雑誌は太いスポンサーに対しても捨て身でいられるところもあります。僕が雑誌を好きなのは、その点です。
膨大な情報を取材で拾えるから、新聞なら小さな記事で終わるところが、雑誌だったら4ページくらい組める。でも、その4ページが読み応え濃厚でないと意味がない。膨大な量の情報のどの部分を切り取って制限ページ内に入れるか、どの写真を選ぶかといった編集のセンスが問われます。
電子書籍にはいろいろと問題がある
――電子書籍の可能性も含めて、出版のこともお伺いできればと思います。
今一生氏: 大手出版社が音頭をとって出版社どうしのギルドのようなものを作り、統一ルールを作りました。電子書籍化に関して著者との出版契約の中に盛り込んで、紙の本で出したデータに関しては、発行元の出版社が自動的に電子書籍化をかけるということになりました。
出版社は、Kindleに出してもいいし、自社サーバーで売っても構わないんです。
たとえば、拙著『社会起業家に学べ』(アスキー・メディアワークス)はアスキー・メディアワークスのサーバーの下で売られる以外に、Kindleでも出ています。そういうふうに、紙の本で書いた本はそのまま電子書籍になるわけですが、そこにも問題があるんです。
――具体的にどのようなことが問題となっていますか?
今一生氏: まず、著者たちの意見が集約されないまま、出版社主導でルールが決められてしまったことです。
たとえば、拙著『「死ぬ自由」という名の救い』(河出書房新社)は紙では1600円で出している本ですが、電子書籍の場合、800円で売られています。出版契約時に相談はありますが、「電子出版では定価の50%」となっている部分の交渉を著者個人が出版社相手に延々と続けても、変更の余地は事実上、ありません。これは交渉の余地がないのと同じなので、黙ってサインするしかありません。
Kindleに出すなら200~300円にすればもっと売れるのに、なぜ800円の値付けをするのか。その根拠が曖昧で、よくわからないのです。著者が書籍を通じて付き合っているのは編集者ですが、編集者も社員ですから、上司のそのまた上の経営者の決めたことに従うしかありません。
――そういった問題も含め、良い方法はあるでしょうか?
今一生氏: 今後は、先に電子書籍のオリジナルコンテンツとして発表してから紙の本にした方がいいと考える著者が増えるかもしれません。Kindleのルールでは、ほぼ同じ中身のコンテンツは複数出せません。つまり、Aというコンテンツがあって、次に出す原稿がほぼAと内容が同じなら、A'だけじゃなくてAも降ろされてしまうんです。
ということは、Kindleで売れた本を紙の本として出版社から出せることになった場合、出版社自体がKindleで電子書籍化してしまうので、最初にKindleで売っていた元の原稿ファイルを引き上げておく必要が出てきます。それに備えるためには、Kindleなどの電子書籍で言えなかった内容を中心に紙の本で書き下ろすか、同じ原稿に見えないように、徹底的に表現自体を変えるしかありません。
Kindleは今後若手作家たちの登竜門になる
今一生氏: これから5年~10年の間に、Kindleオリジナル作家さんたちの中から、すごい才能を持った人が出て来ると思います。Kindleによる収益を拡大させるには、オリジナル作品を出してそこそこ売れる見込みがついたら、英語版や中国語版など言語バージョン違いを作って売る人も増えるでしょう。Amazon自身も、いつか多言語翻訳サービスをKindleで始めるのではないでしょうか。
将来を見据えるなら、電子書籍から上がってきた作家から青田買いして新人発掘をし、大切に育てていった方がいいと思います。売れている一般誌で「Kindle作家のトップスター」といった感じで取り上げて、50枚くらいの書き下ろしを同じ出版社の文芸誌で発表して、4点たまって200ページくらい構成できそうだなと思ったら1冊出す、といった流れになってくるのではないかと思います。
――登竜門としての電子書籍、ということですね。
今一生氏: そうです。「Kindleで有名になるとこうなりますよ」という成功事例を作るわけです。もしかしたら、その仕事は出版社ではなく、ITベンチャーかもしれませんし、タレント事務所かもしれません。
出版以外の業界の会社が出版社と組んで先例を作ったら、Kindle作家も「紙の本にしてもらえるかも」と期待でき、もっとプロ意識を持って電子書籍を出すようになると思います。
紙の本の出版だけではなかなか食えない今日、Kindleに膨大な数の作品を発表しても電子書籍の売上だけで食えるようになるのはずっと先の話でしょうから。
本自体は単なる入り口にすぎない
――今後、書き方に変化は生じてきそうですか?
今一生氏: 紙の本とKindleは、「どこで買うか」だけの違いです。むしろ大事なことはこのコンテンツとインターネットの連動だと思います。
僕の本『ソーシャルデザイン50の方法』にもいろいろな団体のサイトが載っていますが、資料サイトのリンクを全部載せていたら4ページくらいとってしまうから、僕の公式サイトにリンク集を載せています。そのように、紙面の制限で掲載が難しい内容を著者サイトへ誘導することでアフター・サービスのように提供する価値も考えなければいけない時代だと思います。
――本で載せられなかった部分を、インターネットで補うといった感じでしょうか。
今一生氏: そうです。入り口は本ですが、その後はオンラインでさらに情報を取り込めるように導線を作るわけです。僕のホームページのリンク集から、自分の興味のある団体の最新ブログを見れば、本を書いた時点までの情報よりも多くの情報を得られます。
僕の本を入り口にして、より新しい情報を知ることで、本の執筆時点では生まれていなかった新しい問題解決の仕組みに触れることができるのです。そこにこそ、今後の出版ビジネスが作り出せる新しい価値がある気がします。
問題提起ではなく、「解決方法の豊かさ」をシェアしたい
――今さん自身のミッションは、どのようなことですか?
今一生氏: 今までは新聞もテレビも雑誌も「こんなに深刻な社会問題がある。解決すべきだ」で話が終わる「問題提起型」の記事や番組が多かったです。でも、問題提起なんて中学生でもできる。
僕ら大人がやるべきことは、そういう問題が深刻になる前に解決できる活動を進めている人は誰なのか、実際にどんな解決の仕組みがあるのか、どの程度成果を上げているのかという情報を早く多くの人とシェアすることではないでしょうか。
世の中に社会問題というのは常に存在し、新しい問題も増えていくわけで、「こんなに問題ありまっせ」と言われても気がめいるだけ。むしろ、「こんなファンキーな解決の仕組みがあったんだ」「本当は解決できる方法があるものだったんだ」という記事や番組を増やすことによって解決事例を豊かに示してほしい人のほうが、今日では圧倒的に多数派だと思うんです。しかし、現状のメディアはそうした視聴者や読者のニーズに十分に応えているとはいえません。だから、テレビを見る人も新聞を買う人も減ってしまうんです。
――解決方法が多く提示されていれば、市民が参加できる選択肢が増えますね。
今一生氏: そうです。とくに、楽しい方法で問題を解決している愉快な人のまわりには、多くの人が寄って来ます。たとえば、まちや自然の中で増えていくゴミの問題があります。これは環境汚染につながる深刻な問題ですが、「ゴミがたくさん落ちていたら拾うべきだ」とみんなわかってはいます。でも、ふだんは面倒だからやりません。
そこで、「スポーツGOMI拾い」という大会が全国各地で開催されていて、「5人1組のチームになって、スポーツとして1時間限定でやろう!」と言えば面白がって頑張りますし、チームが優勝すると仲間どうしですごく喜べます。喜んだと同時に、「こんなにゴミがあったのか」と大量のゴミ袋の山を見て気づかされます。
この大会を企画した方は、「ゴミ拾いの入り口を楽しくする」ということを仕掛けたんですね。こういった企画者に対して、みんながロックスターやAKBと同じ感覚で語るようにできたら面白いでしょ。
社会問題=自分問題
今一生氏: 他にも、介護現場における高齢者虐待の増加や、仕事と子育ての両立の難しさなど、深刻な社会問題は無数にあります。しかし、そのように既にジャンルとしてよく知られているもの以外にも、社会問題はいくらでもあるのです。「みんなガマンしてるんだから」と思ってガマンばかりを続けていると、そのガマンがあたかも社会の常識のように正当化されて多くの人の頭に刷り込まれてしまい、どんどん深刻な問題に育ってしまうことがよくあります。
「うちの町には産業が無いから、放射能被曝の不安はガマンして原発を建てて雇用を増やすしかないべ」とあきらめてしまったから、この国には50基以上の原発ができました。その結果が、福島の原発事故を招いたのです。おかげで、誰も住めない領土が生まれ、海にまで汚染水を垂れ流す国際的に深刻な問題にまで大きくなってしまいました。
他にも、「大卒と同じ給与をもらえなくてもしょうがないよね。高卒の仲間はみんなガマンしてるんだし」という常識の下でうなだれたまま、低所得者層の人生しか送れずにいる人たちが2人に1人います。それでも学歴で給与に格差をつける社会の仕組みや常識に対して「みんなでガマン」を続けるのは、おかしなことでしょう。
つまり、社会の仕組みや常識が特定の人を弱者にし、苦しめてしまう状況は、決してその個人的な属性ゆえの問題ではなく、社会自体の問題なのです。社会問題というと、たとえば環境問題なら「南極の氷が溶けてどうしよう」というような大きな話をイメージしがちですが、実は身近な日常実感の中にこそ社会問題(みんなでガマンする構図)はあるのです。
自分が切実に苦しんでいたり、深刻に困っていることがあって、その同じ苦しみを他のみんなもガマンしているなら、それこそが社会問題なんですよ。
ソーシャルデザイン、町作りは「急務」である
――今後どんなことをやっていきたいですか?
今一生氏: 実は、本格的なソーシャルデザインやソーシャルビジネスのマンガがこれまでにないので、マンガ原作を本格的に手掛けようと思っています。ソーシャル系のイシューにはドラマチックなストーリーがたくさんある割に、まだマンガでほとんど扱われていないので。そのために、ここ何年間はいろいろなマンガ雑誌の編集者の方とアイデアを話しています。
実際にこういうふうにやったらまちを活性化できたという事例が豊富にあるので、そうした取材を元にしたソーシャルデザインの話にしようと考えています。
現実に、医療や福祉、介護、過疎化などさまざまな社会問題で首が回らなくなっている地方では、画期的なまちづくりの仕組みに挑戦することが急務です。
まちづくりでは、コミュニティ(人口)をどうやって守っていくか、どのような産業を作っていかないといけないか、観光客をどうやって増やしていくかなど、やるべきことが山ほどあります。それを考えないままでは、ますますまちはさびれて、夕張のように破産する自治体が増えるのです。千葉県の銚子市も2017年度に破綻することが危ぶまれています。
今までまちづくりには莫大な税金が投資されてきましたが、税金でやろうとすると危機感が足りないからか、成功事例が少ないんです。民間の知恵やお金、ノウハウを使って、より楽しく、より速く、より費用対効果良く活性化できるあり方へと変えていく必要があります。
そうしないと、2人に1人が65歳以上という超高齢化社会が現実のものとなった場合、若者の福祉負担が増えていって、今よりずっと若者が生きづらい時代になってしまいます。これは国が傾くくらいのレベルの話なので、早めに何か手を打っておく必要があるんです。
――これからのまちづくりのあり方を示す手掛かりになるものはありますか?
今一生氏: 木下斉さんが全国でやってきた地域活性化の経験を元に書かれた『まちづくりデッドライン』という本があります。そこには、「行政の区割りでまちづくりを考える時代はもう終わっている」という話があり、なるほどと思いました。
「瀬戸大橋のせいで四国の過疎化が進んだ」という前例があるのに、アクアラインで川崎までつながった木更津市では、海側のメインストリートはシャッター通りと化してしまいました。
こうなると、「市」の範囲ではなく、このまちでずっと暮らしていきたいと本気で思える人どうしだけのネットワークによって新たにゾーニングした範囲を中心に活性化を進める必要がありますし、税金に頼らずに自分たちで市場活性できる枠組みを作って生き残っていくしかないのです。
お金や名声はなくても、人と人は「心」でつながれる
――みんながガマンしないですむ仕組みを作る人たちが新しい生き方を生み出していくと?
今一生氏: その通りです。数年前、早稲田大学の大隈講堂地下に300人の市民を集め、ソーシャルビジネスをしている人の話を聞くイベントを開催しました。その時、アイルランドで「ブラストビート」という若者支援活動をしているロバート・スティーブンソン(編注※U2をデビューさせたことで世界的に有名になったプロデューサー)にメールして、「日本に来てほしい」と頼みました。
僕には超有名人のロバートを招待するだけのお金なんてありませんし、まだ日本では認知度が低い「ソーシャルビジネス」のイベントでは入場料も無料にするしか大人数を集められないので、彼には無償でお願いするほかありませんでした。
だから、「あなたが日本人に向けてソーシャルビジネスの必要性とそれに挑戦する情熱を語ってくれたら、多くの若者たちがソーシャルビジネスに関心を持って動き出すはず。それが日本のみんなにとって明るい未来を作るチャンスになるんです」と、ラブレターみたいなメールを書いたのです。
すると、ロバートは「よし、行こう!」と即レスで快諾し、当日は笑顔で会場に来てくれたのです。そういうふうに自分の気持ちを伝えるだけでも人は動くと思いますし、むしろ、それが1番強いんじゃないかな。もちろん、ロバートには帰国子女でバイリンガルの女子大生たちをつけて通訳のアシストをしたり、講演の様子をUstreamで生中継とアーカイブをして世界中のみんなが見られるようにするなど、こちらでもできる限りのことはやりました。
ですから、「お金がないから無理」「知名度がないから無理」などとできない理由をあげつらってあきらめるのではなく、「何にもないならせめて心だけでつながろうよ」と言いたいのです。
自分の私利私欲を満たすのではなく、「みんなのためになる」趣旨のものなら社会のさまざまな人が協力してくれますし、自分から「あの人は有名人だから」と排除する必要もないんだと思うのです。
そういう発想は、本や電子書籍を作る時にも大事なことなんじゃないかな。
(聞き手:沖中幸太郎)
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