荒井一博

Profile

1949年長野県生まれ。イリノイ大学大学院修了(Ph.D.)。パデュー大学客員助教授、クィーンズランド大学客員教授、一橋大学大学院経済学研究科教授を経て、現職。教育の経済学の研究はわが国において先駆的で、『教育の経済学』『学歴社会の法則』The Economics of Educationなどの著書がある。雇用制度の研究ではゲーム論などを使って文化的要因も分析し、『文化・組織・雇用制度』『雇用制度の経済学』『終身雇用制と日本文化』『文化の経済学』などを著わした。『信頼と自由』や『自由だけではなぜいけないのか』などの自由に関する著書もある。『ミクロ経済理論』や『ファンダメンタルミクロ経済学』などの教科書も高く評価されている。

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学生時代に興味を持ったことが、今につながる


――得意な科目は何でしたか?


荒井一博氏: 大学に入るまでにいちばん得意だった科目は地理で、2番目が英語。その次は物理、化学といった感じでした。全国の優秀な学生が受ける地理の試験でトップになったこともあります。結局、地理学を自分の専門にはしなかったものの、今でも日本や世界の地誌にかなり関心があります。テレビをつけた時にぱっと外国の風景が映ると、それがどこの国のものなのか、かなり高い確率で当てることができます。

――将来どういった職業に就こうかなどは、その頃から考えられていましたか?


荒井一博氏: 地理にも関心がありましたが、実は物理もかなり好きだったので、「世界の森羅万象を物理学で説明できるようになったらいいな」と、高校に入った頃からずっと物理学者になることを考えていました。でも、高校2年生の終わりころに文系と理系のどちらに進むべきかを悩んで、結局、文系に進むことに決めたのですが、その後もなかなか物理を諦めきれませんでした。しかし、物理学ではかなり業績のある人でも大学で職を得るのが難しいということを後で知って、また年齢とともに人間や社会に対する関心が相対的に高まってきて、物理学を専門にしなかったことは私の人生における最良の選択の1つだったと今では思っています。

――大学時代の関心は、どのようなものへ向けられたのでしょうか?


荒井一博氏: 大学に入っていちばん興味を持った科目は文化人類学です。アメリカ人の女性文化人類学者の授業から大きな刺激を受けました。美人の先生で、アフリカに行ってフィールドワークをした時に集めたものなどを持ってきて見せてくれました。経済学などには取り澄ましたような側面がありますが、そうした社会科学と比べると文化人類学は本音の学問という気がしました。文化的多様性に関する文化人類学の研究は地理学にも近いと感じました。文化人類学者になろうかと一時期考えましたが、こんな遊びのように面白い学問で職が得られるのかと心配になりあきらめました。未開地に行って現地でフィールドワークをする自信もあまりありませんでした。文化人類学に関心を持ったことが、後に「文化の経済学」を提唱する要因の1つとなりました。

――印象に残っている本などはありますか?


荒井一博氏: 大学の学部時代には、ジョン・ケネス・ガルブレイスの著作を読み、卒論を書きました。ガルブレイスは該博な知識を持ったアメリカ制度学派の経済学者で、経済学者以外にも多くの読者を持っていました。ガルブレイスを読んだことによって、主流派経済学を客観的に見る目がある程度養われたと思います。また、後に新書を書く時の参考にもなりました。そのほかにも、シェイクスピア、ヴァージニア・ウルフ、ジョン・ゴールズワージーなどの文学作品を苦労して英語で読んだことが印象に残っています。

――色々なものに興味を持たれたことが、今の執筆分野の広さにつながっているのでしょうか?


荒井一博氏: 大学院に入ってからは「教育の経済学」の研究をし、それに関して修士論文を書きました。そして後にノーベル経済学賞を受賞したゲーリー・ベッカーらの文献を多く読みました。当時そうした研究をしている日本人経済学者はほとんどいませんでしたが、そのような分野が米国を中心に形成されつつあることは学部時代から知っていました。教育は経済成長・階層化・文化などの経済現象と関係する事柄です。私は特に階層化に関心がありました。なぜ、人々の稼ぎは異なるのかという問題です。研究者になってから教育に関して何冊かの著書を書きましたが、その基礎はこのときに形成されました。
米国の大学院に入学してからは、経済理論を中心に勉強しました。そうした経済学科目が多くあり、数学科の科目も充実していたからです。経済理論の研究では英語のハンディキャップがほとんどありません。この当時読んだ書籍で最も印象に残ったのは、こちらも後にノーベル経済学賞を受賞したジェラール・ドゥブルーのTheory of Value: An Axiomatic Analysis of Economic Equilibriumです。ほとんど高等数学ですが、読み終わった後になぜか体がジーンとなったのを覚えています。普通の本と違うということを体が感じたんじゃないかと思います。現在の私はこのような経済学に批判的ですが、これを読んだ経験があるから正当な批判もできると考えています。
結局私は、学部と大学院修士課程と博士課程で、それぞれ違う勉強・研究をしたことになります。このように比較的多くの分野にわたって、興味の赴くままに、そして機会が与えられるままに研究してきたことが、比較的広い分野で著書を執筆できる要因になったと思われます。

アメリカに行った時は、不安よりも希望が大きかった


――アメリカに行こうと思われたのはなぜでしょうか?


荒井一博氏: 経済学がいちばん発達しているのがアメリカだったので、武者修行のつもりで、奨学金の得られた大学に行きました。私が海外渡航したのは留学の時が初めてでした。今ならば、夏休みにちょっと行ってみてから留学先を決める、などということもありうると思いますが、海外渡航が稀であった時代なので、下見なしのままアメリカに行きました。でも、不安よりは希望の方が大きかったといえます。その当時の日本では聞いたり話したりする英語の勉強が今ほど盛んではありませんでしたが、米国では英語がそれほど勉強の障害になりませんでした。一部には非常に分かりづらいしゃべり方をする教師もいましたが、一般的にいって大学の人がしゃべる英語は、日本人が学校で学んだ英語、つまり上流階級の人たちがしゃべる英語に近く発音も明瞭なので分かりやすいんです。研究のほうも数学を多用する分野だったので、あまり言語の壁はなかったように思います。

――アメリカでも読書はされましたか?


荒井一博氏: 留学先の図書館には、日本から取り寄せた日本語の書籍、特に日本文学の全集などが結構たくさんありました。アメリカに留学して2年ほどしてからほとんど毎日、日本の小説を読むようになり、その時に「砂漠に降った雨のように本の内容が体にしみ込んでくる」体験をしました。自分の生まれ育った世界ではあるが、その時点で生きていた世界と大分異なりまた忘れかけていた世界が眼前によみがえってきたからです。日本で読んだのではこのような体験ができないと思います。今でも文学にかなり関心はありますが、小説を読み始めると仕事が手につかなくなるので、今のところはあまり読まないようにしています。これから時間的に余裕が出てきたら、小説も電子書籍などを利用しつつもっと読みたいと思っています。

著書一覧『 荒井一博

この著者のタグ: 『大学教授』 『経済』 『可能性』 『研究』 『教育』 『国語』 『留学』 『書店』 『バイク』 『富士山』

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