荒井一博

Profile

1949年長野県生まれ。イリノイ大学大学院修了(Ph.D.)。パデュー大学客員助教授、クィーンズランド大学客員教授、一橋大学大学院経済学研究科教授を経て、現職。教育の経済学の研究はわが国において先駆的で、『教育の経済学』『学歴社会の法則』The Economics of Educationなどの著書がある。雇用制度の研究ではゲーム論などを使って文化的要因も分析し、『文化・組織・雇用制度』『雇用制度の経済学』『終身雇用制と日本文化』『文化の経済学』などを著わした。『信頼と自由』や『自由だけではなぜいけないのか』などの自由に関する著書もある。『ミクロ経済理論』や『ファンダメンタルミクロ経済学』などの教科書も高く評価されている。

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新聞・テレビの過去のデータを蓄積して検索


――書籍や新聞の電子化はどのような経済効果がありますか?


荒井一博氏: 資源的な側面で言えば、電子書籍のほうがエコです。私は新聞も電子版の販売開始時から1社と契約しているのですが、読みにくいこともあってあまり読んでいません。今でも主に紙で読んでいて、たまに手元に紙の新聞がない時や、ほかの家族が読んでいる時や、紛失した時は、電子版の新聞が1週間分位前まで閲覧可能なので、電子版のほうで読むという程度です。そのため新聞紙はどんどん溜まっていきます。世界の新聞紙だけで地球上の膨大な木材資源を使っており、しかも多くの人は新聞が提供する情報の3%も読んでいないと推察されるので、新聞こそ電子版でよいと私は思います。ただし、読みやすくするために新聞の電子版はもう一工夫できると思います。また、電子版の価格は現時点で紙媒体とあまり違わないのですが、配送コストを考えるともっと安くすべきです。紙媒体のせめて半分位にしてもいいのではと思います。さらなる希望は、過去何年か遡って、できたら創刊時の新聞から、すべてを電子版で読めるようにしてもらいたいということです。ついでに付け加えれば、テレビでも同様に過去のすべての番組を見ることができたら面白いと思います。

――新聞だけでなく、TVにおいてもできる可能性があるんですね。


荒井一博氏: それがテレビで実現できたら、過去のデータが放送局に蓄積されるので、受像機の録画機能が不要になります。何年何月何日何時のテレビ番組を見られるということが実現できたら楽しいですし、人々の生活も変わると思います。また、人類の文化としても番組の内容を残しておく価値があると私は感じています。後に残るということで、低質番組の作成をある程度抑制する効果もあるかもしれません。

――電子書籍のさらなる可能性についてお聞かせください。


荒井一博氏: 書籍や新聞の電子化は歴史の必然で、逆行することは考えられません。情報量が指数関数的に増大しているうえに、木材資源の保全が重要になっているからです。また、電子書籍には検索機能のほかに辞書機能が付いているという利点もあります。単語をタッチするだけで意味が分かるということは、特に外国語の文献を読む場合に画期的です。ただ、端末によっては指で必ずしも正確にタッチできないものもあり、改良が必要だと感じます。
 私が電子書籍に関してかねてから強く主唱していることは、日本人の必要に適合した優れた英語辞書を電子書籍として作ることです。世界的に見て日本人の英語力がかなり低いことの一因は、日本人に合った優れた英語辞書がないことにあります。日本語と英語は大きく隔たった言語なので、日本人のための特別な辞書が必要なんです。
特に英語の文章を書くときに有用となる英語辞書が望まれます。各単語を使うときの規則と豊富な使用例、またさまざまな日本語表現に対応した英語表現がわかる英語辞書を作ってもらいたいものです。日本人が感じるほとんどの疑問に答えるような辞書が必要です。紙媒体では非常に分厚くなるので使いにくくなり、電子書籍にする必要があります。表記された単語や文章がすべて音声で聞けるようになれば、さらにいいと思います。可能ならば私も参加してどのような辞書にしたらよいかについてアイディアを提供したいと考えています。
これだけの辞書を一出版社が作ることは困難なので、複数の出版社が共同したり政府の補助金を使ったりして半ば公的に作成する必要があります。今日では、国民の英語力が国家の盛衰をも左右するようになっているので、私は1兆円を投資して一つの優れた英語辞書を作っても十分にペイすると考えています。以前から私は「一本の高速道路よりも一つの英語辞書を」と主張しています。

外部経済がある場合に政府は援助をすべき


――書店の役割に関しては、どのようにお考えですか?


荒井一博氏: 日本は伝統的に書店の多い国です。わが国ではほとんどの駅の前に書店があります。しかし、40年ほど前に私がアメリカに留学した時に、日本と比べてアメリカには書店が少ないことに気づきました。最近では日本の書店も少なくなってきましたけれど、当時のアメリカでは今の日本よりももっと少なく、あったとしてもほとんどが小さな書店で、雑誌や軽い恋愛小説などを主に陳列していました。それに対して日本の書店は、たとえ小さな書店でも総合雑誌もあるし、純文学も置いてあります。ヨーロッパやオーストラリアにも行って観察しましたが、やはり日本より書店は少ないと感じました。日本には「本が好き」という文化と伝統が識字率の高かった江戸時代からあって、この出版文化の繁栄が今につながっているわけで、それは非常に好ましいことだと私は思っています。

――日本は本を読むことが好きな人が多いんですね。


荒井一博氏: 良質な書店は経済社会に対して多くの好ましい影響を与えます。私の教科書に書いたことですが、書店は「外部経済」を生み出すんです。外部経済とは市場取引を経ないである経済主体が他の経済主体に利益を与えることです。書店ではだれでも無料で立ち読みができ情報や楽しみを得られることが大きな外部経済となっているのです。私はずっと以前から、駅の近くで人と待ち合わせるときは駅前の書店をその場所に指定しています。立ち読みしながら人を待つことができるので、相手が多少遅れてきても気になりません。それから、書店は街の雰囲気を落ち着いたものにするんです。ある程度大きな書店のある街角には品格が生まれますが、これも外部経済の一種といえます。書店が外部経済を生み出すことを経済学の著書で指摘した人は私以外にいないでしょう。明白な外部経済の例は現実社会に多くなく、書店はその例外になっているのです。
外部経済に関して経済理論が教えることは、補助金を出して外部経済を奨励することです。中央や地方の政府は書店や書籍作成者に補助金を出して、それらがいっそう多くの人の利益になるように図る必要があるのです。減税処置も効果があると思います。書籍の電子化が進行すると書店の数は減っていくでしょう。しかし、書店では新旧多くの書籍が類別されて陳列され、訪れた人が手に取って中身を見ることができるという条件を、インタネット上で同様に実現することは困難です。そのため、生き残る書店も少なくないと思います。日本の誇るべき伝統を守りたいと思います。

著書一覧『 荒井一博

この著者のタグ: 『大学教授』 『経済』 『可能性』 『研究』 『教育』 『国語』 『留学』 『書店』 『バイク』 『富士山』

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