「自由な市場」の価値を見直す2冊
――最近のおすすめの本はありますか?
竹中正治氏: 最近読んだ一般向けの経済の本では、『人びとのための資本主義』(ルイジ・ジンガレス著)です。
私は学生に「自由競争にどういうイメージを持ちますか?」と選択肢を与えて聞く事があります。1つは「弱肉強食」、勝ったやつが全部総取りしていくようなものですね。もう1つは「公平なチャンス」。手を挙げさせると、たいてい半々ぐらい分かれます。この本は、現代の資本主義は、自由競争を大切に守る事が、結局一番豊かな世界を作るという観点で書いてあります。1人が勝ってマーケットを独占して消費者を搾取するとか、他の業者を全部排除するのは全然自由競争じゃない。日本だと「市場原理主義」なんていう悪口があるくらいで、市場に任せておくと弱肉強食になるというイメージがあるのだけれども、本来想定されている自由競争はそういう事じゃないという考え方です。市場は放っておくとそういう独占状態にもなり得るから、先進国ではみんな「独占禁止法」というのがある。公平なチャンスがあると、誰でもトライできるけど、成功する者も失敗する者もいます。でも権力とか既得権によって成功と失敗が左右されるのではなく、自由な競争の結果でなくてはなりません。それが今、脅かされようとしているというのが著者のメッセージです。例えばウォールストリートのメガ金融機関が本来の自由な競争、公平なチャンスから逸脱しているという主張です。
――他にもおすすめの本はありますか?
竹中正治氏: 『国家はなぜ衰退するのか』、原題は、『Why Nations Fail』(ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン著)。一貫して強く主張しているのが、国の仕組みは国民に対して公平で包含的でなくてはならないという事です。つまり私有財産や人権が守られて、頑張って新しい発明をしたり、新しい事業を成し遂げたりすれば、必ずその成果を自分自身のものにする事ができる制度が経済を発展させる。アメリカはそういう経済として発展してきました。一方、その対極にある世界は、極端に言うと北朝鮮のような世界ですが、今の中国も毛沢東の時代に比べるとある程度まともになって経済的に成長しましたが、依然として共産党の一党独裁の下で官僚が権力を私物化して富の格差が大きくなっている。それは公平で自由な仕組みではないので、きっと壁にぶつかる。『Why Nations Fail』は、そういう国家は結局続かないから、自由主義的な立場からルネッサンスを呼び起こそうという思想的立場です。アメリカの最も健全な思想がそこにあると思います。自由主義的な制度、しかもそれは勝者が総取りするようなものじゃなくて、プレイヤーの自由な挑戦を許して、成功する人も失敗する人もいるけど、成功したらその成功の果実は他の人に奪われない、そういう制度じゃないと経済は長期的には成功しないという立場から書かれています。この2冊はいずれも学術的すぎないし、思想的にも、経済の本としても面白いと思います。
――最後に、ご自身の今後の展望をお聞かせください。
竹中正治氏: とりあえず書きたいものはかなり放出しつくした感じはあります(笑)。最近は経済、金融関係の書きものに傾斜していますが、『日経ビジネスオンライン』で毎月書いていたころは、経済ネタは3回に1回ぐらいで、政治や文化ネタなど、いろいろバリエーションのあるネタで書いていました。もう1度、エッセイ的に、政治の世界とか社会学の世界、文化の世界まで踏み込んで、「素人ですからラフな事を言わせていただきます」という感じで、他分野を上空侵犯するようなものも書いてみようかなと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 竹中正治 』