数学を言葉にする
――本を執筆する上でのこだわりや、特別な思いなどはありますか?
小野善康氏: 今では一般書も結構書いていますが、はじめの何冊かは完全な専門書で、数学だらけでした。最初の本は博士論文をまとめた企業の競争の本で、出版された時は本屋の書棚に置いてあるのがうれしくて、写真を撮りに行きました(笑)。それくらい、うれしかったです。2冊目の『国際企業戦略と経済政策』は日経賞をもらった本なんですが、学術論文を集めてまとめた本。3冊目は、今の不況理論を初めて体系化した専門書だったんですが、この本を書いている時は、自分で「すごいことをやった」と感じて、興奮して書いたんです。もちろん、「こんなのくだらない」と言う人もいっぱいいましたが、他人がどう感じようと、自分ですごいと信じ切ることが大切なんです。それで、何とか海外にも広めようとオックスフォード大学出版局から英文の専門書も出したし、「この本の理論的帰結が、すごく日本経済に合っているんじゃないか」と感じて、一般向けの本も書きたいと思いました。
――一般書を書く際に気をつけていることはありますか?
小野善康氏: 一般書を書く際には、「裏では数学理論だらけだけど、それを表に出さずに、わかりやすい言葉で当たり前のごとく表現できたら面白い」と思いました。そのうちの一冊が『景気と経済政策』で、今では1 0刷を越えていると思います。書評の中には「景気の話は経済学の昔からの中心分野だけれど、この本はその論争を非常に分かりやすく整理して、国語力が非凡」と書いてくれたのもありました。実は、この本は僕独自のものすごくオリジナルな理論を背景にしているのですが、そうはとられずに、それこそがど真ん中の議論だと思われた。つまり、当初の僕のもくろみがある程度成功して、自分の色を消しているということなんです。
――自分の色を消すというのは?
小野善康氏: 読者には、一般的で当然の議論のように素直に入っていく。そうやって自分の色を消しているけれども、実際は自分独自の理論がたっぷり入っている。そうやって本を出し続けるうちに、僕独自の考え方が、いつの間にか一般的な考え方になっていく。そういうことを意識して書いたから、すごくチャレンジングで楽しかったです。
本がきっかけとなり、大きな変化が生まれる
――本を書かれるようになってから、なにか変化はありましたか?
小野善康氏: 『景気と経済政策』は、最初は2万部ぐらいだったんですが、「売れるのかな」と思っていたら1か月も経たないうちに「もう増刷です。すごく売れています」と連絡が入りました。その後、高校の先生のグループからの講演依頼を皮切りに、政治家や官僚、経済団体などからどんどん依頼が来たので、本当に驚きました。自分の周囲が、想像がつかなかった方向に変わっていきました。本の力はすごいですね。でも、ただ単に書けばいいというわけではなく、「書くからには力のある本を書きたい」と思っています。
――電子書籍はご利用されていますか?
小野善康氏: Kindleを使っています。今読んでいるのは、半藤一利さんの『昭和史』です。Kindleは、1、2年前に娘がプレゼントしてくれたんです。iPadなども使っていますが、どちらも初めは「どうなのかな」と思っていました。抵抗はないのですが、Kindleの最大の問題はソフト、コンテンツが少ないということ。特に学術書や欲しい本、読みたい本がない。例えば、安部龍太郎さんの『等伯』が出た当時、Kindle版で買おうとしたら、ありませんでした。今は出ているようですが、Kindle版は少し遅れ気味ですよね。
――実際に読んでみて、使い心地はいかがですか?
小野善康氏: 『源氏物語』をダウンロードして読んだりもしましたが、いいと思います。まず軽いし、本と違ってぐにゃぐにゃ曲がらないから、夜寝る時に読むにもすごくいい。片手でも読めるし、光りますから暗くしていても大丈夫。文字も大きくできるし、明るさも調節できる。だからこそ、もっとコンテンツがあれば、僕はすごく使うと思います。
著書一覧『 小野善康 』