自分が書きたいと思うことが大事
――理想の編集者とは?
小野善康氏: 難しいかもしれませんが、自分が書きたいということが漠然とある時に、「これを書いてください」と具体的に言ってくれる人です。しかも「こういうところに興味があるよ」ということを読者の目線から言ってくれるとうれしいですね。本を読んでコメントしてくれる仲間役を、アイデアを作る段階でやってくれる。頭の中にあるものを形作って、引き出してくれる存在とでも言いましょうか。好きなことを書いてくださいというのは、まだいいんです。でも、世間的な人気に当てはめて、「こういうのを書いたらいかがでしょう」と提案されると、全く自分には興味のないテーマということもあります。それだと書くのはやはり難しいです。いかに、書きたいという気持ちと、それを読みたいという人をうまくつなげるか。社会と書き手を引き合わせる仲人のような存在でしょうか(笑)。でも、「短所は隠して、相手の望むように表現しないと」などという仲人はイヤです。そういうのは、結局は悪い結果をもたらすと思います。だから提案された時に、自分が書きたいと思えるものを選ぶことが大切。
――ネットの存在で、読者との距離は近くなったと感じますか?
小野善康氏: 本は、自分の好きなことを「これは面白いから、聞いてくれよ」という思いで書いています。だから、1人でも「すごく面白かった」という人がいると、書いて良かったと思います。今はネットの時代ですから、Amazonの評価やブログ、Twitterなどで反応がダイレクトに返ってくる。褒めてもらえることもあるし、批判や中傷もすごい。批判や疑問もそれを糧にして、“それに答えなきゃいけない”と書いた本が『成熟社会の経済学』なんです。
理論的に、自信を持って伝えたい
――今後の展望をお聞かせください。
小野善康氏: 僕のフィールドは学術論文を書くことで、やりたいと思うことは色々とあります。一般書は、国際金融について書きたいと思っています。僕のオリジナルの部分が表に出すぎないようにして、読者や周囲の人たちが「分かりやすくて面白いね」と言ってくれたら大成功。それからもう1つ。僕は政治などに全然興味がなかったのですが、突然、総理大臣から呼ばれて2010年から12年まで政策の現場に入った。政治家や官僚とのつき合い方も全然分かっておらず、まったく専門外の会議や単なる儀礼にも呼ばれて「なんで僕が出なきゃいけないの」と文句を言って頭を抱えられたこともあります。まさに『不思議の国のアリス』のアリス同然だったので、“入ってみたらこんなところだった”という体験記を書きたいなと思っています。特に東日本大震災の恐ろしさを間近で聞いていたので、それについて書きたい。そう思っていたら、今は立派な研究者になっている僕の元学生たちに「そんな暇があったら論文を書きましょうよ」と怒られてしまいました(笑)。
――小野先生の使命とは?
小野善康氏: 理論的にきちんと答えが出たことだけを言うこと。それによって実際に社会が良くなるなら、たとえ政治的に受けなくても、それが「いい」と自信を持って言うこと。偉い人の中には、自分の専門でもないのに、平気で意見を述べる人もたくさんいます。心臓外科の先生が鼻や目、あるいは風邪の話もする。偉い先生に耳障りの良いことを言われると、なるほどと思うのかもしれませんが、実は素人です。僕はそんなことはやりたくないし、意見を述べるなら、絶対の自信を持って言いたい。逆にそうじゃないことは言わないか、「素人だけど」と正直に言うこと。そこが自分の使命というか、そういう風にありたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 小野善康 』