必要なのはレシーブ力
――幼少期から現在に至るまでの歩みをお聞かせ下さい。
村上信夫氏: 1人っ子だったからか、人見知りで内弁慶で、人とうまく関わるのは得意ではなかったかもしれません。1人遊びが好きだったし、授業中に手を挙げることもできなかったし、一番酷い時は赤面症や顔面神経痛になるなど、言葉を生業にすることとはほど遠い世界にいたんです。そこで、将棋は1対1の勝負だから相手と喋らなくてもいいので、1人遊びの延長みたいなものだと思って、小学校高学年ぐらいから始めたんです。でも実際に気楽だったかというとそうでもなかった。毎週日曜日に将棋道場に行って知らないおじさんと将棋をさして、終わった後には「坊や、この手は良くなかったよ」とか「この手は良い手だったね」といったコミュニケーションを取らざるを得なかった。でも、そういう中で次第に人見知りが緩和されていったのかなと思うんです。高校では自分でも予想外の勇気が湧いて出て、職員室に将棋盤を持ち込んで、先生を口説いて将棋部を自分で作ってしまったんです(笑)。あと、小学校2年生ぐらいに『コロちゃんの大活躍』という物語を書いていたことがあって、それはなかなかの出来だったので、自分でも神童だと思っていました(笑)。読書感想文を書くのも好きでしたね。下書きなしで、原稿用紙のちょうど400個目のマス目に「。」を打つのが得意でした(笑)。
――大学時代も将棋を続けられていたんですか?
村上信夫氏: 大学に入ってからも将棋ばかりやっていましたネ。文章を書くのは相変わらず好きで、大学の学生新聞の手伝いもしていました。そこで大学の先輩であるNHKアナウンサーの中西龍さんに出会ったんです。中西さんにアナウンサーの魅力を尋ねた時「うれしいことを倍にして、悲しみを半分に減らす」という答えが返ってきて、その言葉に僕はしびれちゃったわけです。「その仕事、すごいな」と思って、NHKを受けようと決心しました。僕は高校受験も大学受験もうまくいかなかったんですが、NHKの就職試験だけはうまくいったんです(笑)。中西さんに会う前は、出版社に就職をするつもりで、内定をいただいていた会社もありました。でも中西さんとの出会いの力というか、言葉の力が大きかったのだと思います。中西龍さんがその言葉を僕に言ってくださらなければ、出版社に入っていたと思います。
――その言葉自体の持っている力もすごいですが、それは受け手側の姿勢によって違いがあるのでしょうか?
村上信夫氏: そうですね。僕は取材などをする際に、初対面の人から「こんな話まで僕にしてくれるの?」といった話を聞けることがあるんです。それは、僕の全身が聞く体制になっているというか、聞きたいという気持ちや、自分の知らないことを知る面白みに対する好奇心といった、「一生懸命聞こう」という想いがあるからではないかと思っています。誰かに話を聞くという時には「自分の知らない世界を教えてくれている人が、目の前にいるんだな」ということを頭の片隅においておくことが大切で、その人の声や表情、言葉を発する時のトーンも含めて、注意深く読み取っていけば、聞いている自分も、自然と相手と同じ温度で受け止めることが出来るはずです。人と話しながら「自分はこんなことを考えてるんだな」などと気が付くこともありますので、キャッチアンドレシーブも重要です。同じ言葉でもどう心に響くかどうかというのはレシーブ力にもかかってきます。アナウンサーに必要な力は「アタック力」ではなくて「レシーブ力」であって、相手が発した言葉をどれだけ受け止めるか、拾うかということ。とんでもない球が飛んでくることもありますが、一言も漏らさないように一生懸命受ける。22歳の時に中西さんの言葉をレシーブしたことによって、僕の人生が変わったと言っても過言ではないと思います。
△は「知恵」
――NHKでの最初のお仕事は、どのようなものでしたか?
村上信夫氏: 富山放送局に赴任し、当時は「黒部スイカ」でしたが、今は「入善ジャンボ」と呼ばれているラグビーボールのような大きいスイカの話を取材したのが最初だったと思います。取材は、知らないことを知ることができるので楽しいですね。
――お仕事をする上で大事だなと思ったことはありますか?
村上信夫氏: ことば磨き塾で「○と×を決めずに△を探す」という課題をやったことがあるんです。それは、○の意見と×の意見を出した上で、みんなでいいとこ取りをして○に近い△を探そうというものなんですが、この話は、最初の赴任地である富山での出来事に深く関係しているんです。浄土真宗のあるお寺のご住職に「良い天気、悪い天気って何気なく言っているけれど、あれは誰にとって良い天気、悪い天気なんだ?」と言われてハッと目が覚めたんです。良い、悪いということを簡単に自分の想いだけで判断しちゃいけないんだということに気付かされました。それが僕の人に話を聞くときの価値基準になっていると思います。もちろん僕も人間だから嫌な人や苦手な人もいますが、最近は年の功というのもあり、今まで苦手だった人もだんだんと面白いと思えるようになってきました。最近は離婚した人にも「バツイチと言わないでください、マルイチですよ」と言っているんです(笑)。
――物事を良し悪しで判断することは、必ずしもみんなにとっての「良いこと」ではないということですね。
村上信夫氏: やっぱり寄り添うためには△を探すことが大事。今、それができていないから色々な問題が起きているんじゃないかと思います。△は「優しい」ということにつながると思うんです。○は「この人はすごい人だ」とか、×は「この人はダメだ」と勝手に決めつけているけれど、×の人でも良いところを見つけたり、○の人にも「そこは少しこうした方がいいよ」と言ったり。△は知恵。だからみんなで色々な知恵を出し合っていけばいいと思います。そのためには、やはりコミュニケーションが必要なんです。
――その知恵を集めることは、すべての仕事においても必要な部分なのかもしれませんね。
村上信夫氏: そうだと思います。事実と真実とは違うと思うんです。セルバンテスの『ラ・マンチャの男』のセリフに「事実は真実の敵なり」という言葉もあります。だからこそ法律で情報を制限してはいけない。事実をたくさん教えてもらって、その事実の中から自分なりの真実を見つけなきゃいけないと思うんです。複数の事実が分からないと価値判断ができないんです。コミュニケーションのないところに真実はありません。
著書一覧『 村上信夫 』