「嬉しいことば」の種まきを続ける
NHKアナウンサーとして、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などの番組を担当。2001年からは「ラジオビタミン」や「鎌田實いのちの対話」など、NHKラジオの「声」として活躍。現在は、文化放送の「日曜はがんばらない」や月刊『清流』の連載対談で新境地を開いている。恵比寿のライブハウスで月1回「村上信夫のトークライブ」を開催。さらに全国各地で「ことば磨き塾」を主宰している。“嬉しいことばの種まき”のために精力的に活動されている村上信夫さんに、言葉、コミュニケーション、本の力について聞いた。
うれしいことを倍に、悲しいことを半分に
――もう35年以上も、日本の顔としてご活躍を続けていらっしゃいますね。
村上信夫氏: 後半はラジオだったので、言うならば日本の声といったところでしょうか。今では「嬉しいことば」の種まきということで、全国を回っています。「嬉しいことばの種まき」という言葉はフッとどこかから舞い降りてきて「お前がやることはこれだよ」と神様に教えてもらった感じなんです。今はうれしくない言葉がたくさん飛び交っているし、言葉の力がどんどん衰えてきている。この前、長田弘さんの詩集を読んでいたのですが、「言葉をないがしろにしている」と、今の状況を長田さんも憂いていました。言葉の力が今弱まっていて、ぎりぎりの瀬戸際なんです。だからこそ「言葉でこんなに人は変わるし、力が湧いて、元気にも笑顔にもなる」ということを一生懸命、辻説法しているわけです。
――ご自著でも「ラジオの力」というお言葉を書かれていらっしゃいますが、やっぱり「言葉の力」というものは絶大なものですね。
村上信夫氏: 僕がよく言うのは「言わなくて良かったことも、言わないと分からない」ということ。「ああ、しまったな」とか「これは相手にはいい印象を与えない言葉だな」というものでも言わないと分からないし、心の中で「ありがとう」と思っているだけでも伝わらない。言葉に出すことによって自分の体が認識して、そしてその言葉が相手に伝わり、相手からも同じようにうれしい言葉が返ってくる、そういった考えなんです。ラジオは双方向の文化ですが、言葉によって元気づけられることの方が多いと思います。でも時に人を傷つけてしまうこともある諸刃の剣だから、気をつけなければいけません。
――「ことばの種まき」のための膨大な知識や言葉などは、どのように頭の中で整理されているのでしょうか?
村上信夫氏: 僕はあまり整理するのは得意ではありませんが、自分の中には言葉の引き出しがたくさんあって、その引き出しがスッと開く、そういうイメージなんです。自分でも「なんでこのシチュエーションで、この言葉が出てきたんだろう?」と思うこともありますが、おそらく相手によって触発される部分もあって、自然に言葉の引き出しが開くんです。特定秘密保護法案が国会を通りましたよね。「情報」という字をよく見ると、「情けに報いる」というもの。だけど今は、それと逆の方向に進んでいるから由々しき事態に陥っているのです。でも僕たちは常に人の感情に寄り添う、向き合うという気持ちでやってきました。うれしいことを倍にして、悲しいことを半分に減らしたいという想いでマイクに向かってきたからこそ、人の気持ちに寄り添うような言葉が出てくるのかなと自分でも思います。
ことば磨きのために、本を読む
――目の前にいる人たちとのコミュニケーションによって、言葉が出てくるような感じなのでしょうか。
村上信夫氏: そうですね。だからこそ僕は今、全力で言葉磨きをしています。自分の想いを一方的に伝えるのではなくて、相手の温度や気持ちをちゃんと汲み取った上で、相手の気持ちに寄り添うようなコミュニケーションをしようと僕は呼びかけています。今は自分の想いだけで話す人が多い。そういう点では、本を読むということはものすごく大事。他の人の気持ちや第三者的な目線をたくさん知ることができるし、なおかつ自分となぞらえることもできる。よくアナウンサーになりたい人から「どういう練習をしたらいいですか?」とか「どういう発声練習をしたらいいですか?」という質問を受けるんですが、「アナウンサーになるまではそんなことはしなくていいから、たくさん本を読んだり、たくさん絵を見たり、色々な音楽を聴いて引き出しを増やした方がいい」と言います。
――本屋さんには、よく行かれますか?
村上信夫氏: 今までは仕事の上で必要に迫られて読んできたのですが、NHKを辞めてから1つうれしいのは、自分で読みたい本をその時に読むことができることです。今はデジタル時代だから僕もインターネットでも本は買うけれど、本屋さんに行った時に、「読んでください」という本からの合図を受けて手に取るというか、そういう出会いがあるのもうれしいです。だから僕は本屋さんが大好きだし、本屋さんに行って長居をして、つい買わなくてもいい本をたくさん買ってしまうこともあります。その書店の中での散策が楽しいから、時間があれば本屋さんへ行っています。
――書店の中での散策のルートは決まっているのですか?
村上信夫氏: まずはホットコーナーを見ます。それから文庫本のところに行って、僕の好きな佐伯泰英さんや、最近ファンになった高田郁さんの新しい本が出ているかなとか、どれぐらい売れているかな、などと考えながら他の本棚を見ていきます。あと、僕は時代小説も好きなで、特に山本一力さんをチェックしていますね。
必要なのはレシーブ力
――幼少期から現在に至るまでの歩みをお聞かせ下さい。
村上信夫氏: 1人っ子だったからか、人見知りで内弁慶で、人とうまく関わるのは得意ではなかったかもしれません。1人遊びが好きだったし、授業中に手を挙げることもできなかったし、一番酷い時は赤面症や顔面神経痛になるなど、言葉を生業にすることとはほど遠い世界にいたんです。そこで、将棋は1対1の勝負だから相手と喋らなくてもいいので、1人遊びの延長みたいなものだと思って、小学校高学年ぐらいから始めたんです。でも実際に気楽だったかというとそうでもなかった。毎週日曜日に将棋道場に行って知らないおじさんと将棋をさして、終わった後には「坊や、この手は良くなかったよ」とか「この手は良い手だったね」といったコミュニケーションを取らざるを得なかった。でも、そういう中で次第に人見知りが緩和されていったのかなと思うんです。高校では自分でも予想外の勇気が湧いて出て、職員室に将棋盤を持ち込んで、先生を口説いて将棋部を自分で作ってしまったんです(笑)。あと、小学校2年生ぐらいに『コロちゃんの大活躍』という物語を書いていたことがあって、それはなかなかの出来だったので、自分でも神童だと思っていました(笑)。読書感想文を書くのも好きでしたね。下書きなしで、原稿用紙のちょうど400個目のマス目に「。」を打つのが得意でした(笑)。
――大学時代も将棋を続けられていたんですか?
村上信夫氏: 大学に入ってからも将棋ばかりやっていましたネ。文章を書くのは相変わらず好きで、大学の学生新聞の手伝いもしていました。そこで大学の先輩であるNHKアナウンサーの中西龍さんに出会ったんです。中西さんにアナウンサーの魅力を尋ねた時「うれしいことを倍にして、悲しみを半分に減らす」という答えが返ってきて、その言葉に僕はしびれちゃったわけです。「その仕事、すごいな」と思って、NHKを受けようと決心しました。僕は高校受験も大学受験もうまくいかなかったんですが、NHKの就職試験だけはうまくいったんです(笑)。中西さんに会う前は、出版社に就職をするつもりで、内定をいただいていた会社もありました。でも中西さんとの出会いの力というか、言葉の力が大きかったのだと思います。中西龍さんがその言葉を僕に言ってくださらなければ、出版社に入っていたと思います。
――その言葉自体の持っている力もすごいですが、それは受け手側の姿勢によって違いがあるのでしょうか?
村上信夫氏: そうですね。僕は取材などをする際に、初対面の人から「こんな話まで僕にしてくれるの?」といった話を聞けることがあるんです。それは、僕の全身が聞く体制になっているというか、聞きたいという気持ちや、自分の知らないことを知る面白みに対する好奇心といった、「一生懸命聞こう」という想いがあるからではないかと思っています。誰かに話を聞くという時には「自分の知らない世界を教えてくれている人が、目の前にいるんだな」ということを頭の片隅においておくことが大切で、その人の声や表情、言葉を発する時のトーンも含めて、注意深く読み取っていけば、聞いている自分も、自然と相手と同じ温度で受け止めることが出来るはずです。人と話しながら「自分はこんなことを考えてるんだな」などと気が付くこともありますので、キャッチアンドレシーブも重要です。同じ言葉でもどう心に響くかどうかというのはレシーブ力にもかかってきます。アナウンサーに必要な力は「アタック力」ではなくて「レシーブ力」であって、相手が発した言葉をどれだけ受け止めるか、拾うかということ。とんでもない球が飛んでくることもありますが、一言も漏らさないように一生懸命受ける。22歳の時に中西さんの言葉をレシーブしたことによって、僕の人生が変わったと言っても過言ではないと思います。
△は「知恵」
――NHKでの最初のお仕事は、どのようなものでしたか?
村上信夫氏: 富山放送局に赴任し、当時は「黒部スイカ」でしたが、今は「入善ジャンボ」と呼ばれているラグビーボールのような大きいスイカの話を取材したのが最初だったと思います。取材は、知らないことを知ることができるので楽しいですね。
――お仕事をする上で大事だなと思ったことはありますか?
村上信夫氏: ことば磨き塾で「○と×を決めずに△を探す」という課題をやったことがあるんです。それは、○の意見と×の意見を出した上で、みんなでいいとこ取りをして○に近い△を探そうというものなんですが、この話は、最初の赴任地である富山での出来事に深く関係しているんです。浄土真宗のあるお寺のご住職に「良い天気、悪い天気って何気なく言っているけれど、あれは誰にとって良い天気、悪い天気なんだ?」と言われてハッと目が覚めたんです。良い、悪いということを簡単に自分の想いだけで判断しちゃいけないんだということに気付かされました。それが僕の人に話を聞くときの価値基準になっていると思います。もちろん僕も人間だから嫌な人や苦手な人もいますが、最近は年の功というのもあり、今まで苦手だった人もだんだんと面白いと思えるようになってきました。最近は離婚した人にも「バツイチと言わないでください、マルイチですよ」と言っているんです(笑)。
――物事を良し悪しで判断することは、必ずしもみんなにとっての「良いこと」ではないということですね。
村上信夫氏: やっぱり寄り添うためには△を探すことが大事。今、それができていないから色々な問題が起きているんじゃないかと思います。△は「優しい」ということにつながると思うんです。○は「この人はすごい人だ」とか、×は「この人はダメだ」と勝手に決めつけているけれど、×の人でも良いところを見つけたり、○の人にも「そこは少しこうした方がいいよ」と言ったり。△は知恵。だからみんなで色々な知恵を出し合っていけばいいと思います。そのためには、やはりコミュニケーションが必要なんです。
――その知恵を集めることは、すべての仕事においても必要な部分なのかもしれませんね。
村上信夫氏: そうだと思います。事実と真実とは違うと思うんです。セルバンテスの『ラ・マンチャの男』のセリフに「事実は真実の敵なり」という言葉もあります。だからこそ法律で情報を制限してはいけない。事実をたくさん教えてもらって、その事実の中から自分なりの真実を見つけなきゃいけないと思うんです。複数の事実が分からないと価値判断ができないんです。コミュニケーションのないところに真実はありません。
「間」と「想い」
――お仕事をする上で難しいなと思ったことはありますか?
村上信夫氏: 2011年3月11日の後は、考え込みました。「寄り添うということが大事だ」と言ってきましたが、どう寄り添っていいかが分からなかったし、空虚のような感じもあって、辛いというか戸惑いました。でも試行錯誤しながらずっと放送してきて、やっぱり感動した時や、相手の思いに本当に寄り添えた時は言葉にならないこともあるかなと思うようになったんです。言葉に力があるとは思ってはいても、「大変ですね」とか「辛いですね」とか「頑張ってください」という言葉が虚ろになってしまうこともある。僕は、ラジオでもともと「間」というものの重要性を感じていたんですが、特に震災の後に自然に「間が空いてしまう」ということがありました。文章で言うところの「行間」。だから言葉、コミュニケーションが僕は大事だとは思いながらも、隙間なく言葉が行き交うよりも、入り込む隙間が少し必要だとも思うようになりました。
――相手に伝えるために、必要なことはなんでしょうか?
村上信夫氏: 僕は「想いはすごく大事だ」とよく言っています。言葉を日本語に音声化することは誰でもできるんだけど、単なる音ではなくて相手に伝わるように、メッセージが伝わるようにするためには「想い」がないとだめ。やっぱり「どうしてもあなたに伝えたい」とか、「あなたの気持ちは、今の自分でわかる範囲で分かっていますよ」などといった想いが必要。「君の気持ちは分かったよ。大変だよね」などと簡単には言えない。空気を読む、読まないと言うけれど例えば夕日を見ていて「きれいだね」と言ってほしくない時もある。映画を見終わった後も同じ。すごく矛盾しているかもしれませんが、言葉にしてすごく力が湧く時と、言葉にしないことによってまたそれも力になるという時がある。ちょっと隙間を作るというか、そのへんはお互いの気配を読み合いながら、うまくできたらいいですね。それは経験値にもよるものかもしれませんが、難しいところです。
――空気を読む力を身に着けるには?
村上信夫氏: 自分ができない体験も含めて疑似体験をしながら、そういう場の空気を読む力、人の気持ちに寄り添うものを磨いていくのには、小説はいい教材だと思います。テレビでは少し考える力を失ってしまう部分もあるので、ラジオや文章や絵画、あるいは音楽などは考える力を養ってくれます。この前も、僕は大阪のことば磨き塾で高校生たちと偏差値は是か非か、偏差値、数字だけで人間を決めていいのかということを話し合ったんです。みんなで1時間ぐらい話し合ったんですが、結論というか△は見つからなかったんです。でも僕は「今日は△が見つからなかったけれど、みんなで一生懸命考えたことがよかったよね」と言いました。結論が出ることが大事なのではなく、まずは考えることが大事。その考えるきっかけを与えてくれるのが、人との出会いや本だと僕は思っています。
めくりながら考えていく
――電子書籍というものの可能性はどのようにお考えでしょうか?
村上信夫氏: ○、×、△の話で言えば、○なのか×なのか決め難いですね。個人的には僕はやっぱり、紙の音がしてページをめくりながら「次は何だろう」というワクワクする感じが好きなんですが、今は電子書籍もページをめくるような感覚で見られるということも聞きました。電子書籍にはいつでもどこでも見られるという良さがあると思います。でも僕は「本を電子書籍化しますか?」と言われた時は「まだその気にはなれないので」とお断りしているんです。
――紙の本と電子書籍の違いはなんでしょうか?
村上信夫氏: インターネットというのは、自分の欲しい情報を探すというのが第一目的ですが、新聞はパラパラとめくりながら「あ、こんなことが今あるのか」というような知らないことに気づくという、自分が得ようと思っていない情報を教えてもらえるということがあります。だから電子書籍でピッと目指すページが出てくるよりは、めくりながら考えていくというか、先ほどの「間」といった部分ではやっぱり紙の力は大きいと思うんです。それと僕は印刷の匂い、特に4月にもらう教科書の真っさらな匂いが大好きだったんです。あの紙の感触とか印刷の匂いなどは電子書籍では真似できないですよね。だから別物というか、アナログ・デジタル併用でいけばいいんじゃないかと思います。ただ、今まで本を読まなかった若い人たちが本を読むようになっているのだとしたら、電子書籍も良いなと思います。
質感が違うものだから、本は絶対になくならないと思います。お互いをライバル視してもしょうがないんだから、共存共栄が一番良い形でしょう。
小さなことを積み重ねて、大きなことを為す
――音声の表現者として、村上さんの使命とはどういったことだと思われますか?
村上信夫氏: 嬉しいことばの種をこつこつと撒いていって、少しずつ変えていくことです。二宮尊徳の積小為大、「小さなことを積み重ねて大きなことを為す」、これしかないと思っています。コツコツ1歩ずつ、地道に種まきしていく。これまでそうやってきて、実際に変わっていった人たちを目の当たりにしています。話すことが苦手だったのに話すことが楽しくてしょうがなくなったと言ってくださる人もいて、僕自身も色々な気づきをもらっています。
――最後に今後の展望をお聞かせください。
村上信夫氏: 僕は時代小説が好きなので、今年は歴史小説を書き始めようと思っています。ネタはもうあるので、今は、どこまで本当でどこまで嘘かといった虚実皮膜な部分の仕込みの最中。『いねむり先生』の時に伊集院静さんは、「小説はどこまでが本当でどこまでが嘘か分からないから、読者に『どこまで本当なんだろう?』ということを感じさせられたらいいよね」と言っていました。今回のものは歴史的な事実を基にしたフィクションなので、結構面白くなるんじゃないかなと思っています。おそらくフィクションじゃなきゃ伝えられないものや、フィクションじゃなきゃ言えないこともあると思います。次なる目標は63歳で直木賞。賞がとれたらまた取材に来てください(笑)。本を書くのならば「賞をとろう」という熱意がなければいけないし、そこを目指すべきだと僕は思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 村上信夫 』