「間」と「想い」
――お仕事をする上で難しいなと思ったことはありますか?
村上信夫氏: 2011年3月11日の後は、考え込みました。「寄り添うということが大事だ」と言ってきましたが、どう寄り添っていいかが分からなかったし、空虚のような感じもあって、辛いというか戸惑いました。でも試行錯誤しながらずっと放送してきて、やっぱり感動した時や、相手の思いに本当に寄り添えた時は言葉にならないこともあるかなと思うようになったんです。言葉に力があるとは思ってはいても、「大変ですね」とか「辛いですね」とか「頑張ってください」という言葉が虚ろになってしまうこともある。僕は、ラジオでもともと「間」というものの重要性を感じていたんですが、特に震災の後に自然に「間が空いてしまう」ということがありました。文章で言うところの「行間」。だから言葉、コミュニケーションが僕は大事だとは思いながらも、隙間なく言葉が行き交うよりも、入り込む隙間が少し必要だとも思うようになりました。
――相手に伝えるために、必要なことはなんでしょうか?
村上信夫氏: 僕は「想いはすごく大事だ」とよく言っています。言葉を日本語に音声化することは誰でもできるんだけど、単なる音ではなくて相手に伝わるように、メッセージが伝わるようにするためには「想い」がないとだめ。やっぱり「どうしてもあなたに伝えたい」とか、「あなたの気持ちは、今の自分でわかる範囲で分かっていますよ」などといった想いが必要。「君の気持ちは分かったよ。大変だよね」などと簡単には言えない。空気を読む、読まないと言うけれど例えば夕日を見ていて「きれいだね」と言ってほしくない時もある。映画を見終わった後も同じ。すごく矛盾しているかもしれませんが、言葉にしてすごく力が湧く時と、言葉にしないことによってまたそれも力になるという時がある。ちょっと隙間を作るというか、そのへんはお互いの気配を読み合いながら、うまくできたらいいですね。それは経験値にもよるものかもしれませんが、難しいところです。
――空気を読む力を身に着けるには?
村上信夫氏: 自分ができない体験も含めて疑似体験をしながら、そういう場の空気を読む力、人の気持ちに寄り添うものを磨いていくのには、小説はいい教材だと思います。テレビでは少し考える力を失ってしまう部分もあるので、ラジオや文章や絵画、あるいは音楽などは考える力を養ってくれます。この前も、僕は大阪のことば磨き塾で高校生たちと偏差値は是か非か、偏差値、数字だけで人間を決めていいのかということを話し合ったんです。みんなで1時間ぐらい話し合ったんですが、結論というか△は見つからなかったんです。でも僕は「今日は△が見つからなかったけれど、みんなで一生懸命考えたことがよかったよね」と言いました。結論が出ることが大事なのではなく、まずは考えることが大事。その考えるきっかけを与えてくれるのが、人との出会いや本だと僕は思っています。
めくりながら考えていく
――電子書籍というものの可能性はどのようにお考えでしょうか?
村上信夫氏: ○、×、△の話で言えば、○なのか×なのか決め難いですね。個人的には僕はやっぱり、紙の音がしてページをめくりながら「次は何だろう」というワクワクする感じが好きなんですが、今は電子書籍もページをめくるような感覚で見られるということも聞きました。電子書籍にはいつでもどこでも見られるという良さがあると思います。でも僕は「本を電子書籍化しますか?」と言われた時は「まだその気にはなれないので」とお断りしているんです。
――紙の本と電子書籍の違いはなんでしょうか?
村上信夫氏: インターネットというのは、自分の欲しい情報を探すというのが第一目的ですが、新聞はパラパラとめくりながら「あ、こんなことが今あるのか」というような知らないことに気づくという、自分が得ようと思っていない情報を教えてもらえるということがあります。だから電子書籍でピッと目指すページが出てくるよりは、めくりながら考えていくというか、先ほどの「間」といった部分ではやっぱり紙の力は大きいと思うんです。それと僕は印刷の匂い、特に4月にもらう教科書の真っさらな匂いが大好きだったんです。あの紙の感触とか印刷の匂いなどは電子書籍では真似できないですよね。だから別物というか、アナログ・デジタル併用でいけばいいんじゃないかと思います。ただ、今まで本を読まなかった若い人たちが本を読むようになっているのだとしたら、電子書籍も良いなと思います。
質感が違うものだから、本は絶対になくならないと思います。お互いをライバル視してもしょうがないんだから、共存共栄が一番良い形でしょう。
小さなことを積み重ねて、大きなことを為す
――音声の表現者として、村上さんの使命とはどういったことだと思われますか?
村上信夫氏: 嬉しいことばの種をこつこつと撒いていって、少しずつ変えていくことです。二宮尊徳の積小為大、「小さなことを積み重ねて大きなことを為す」、これしかないと思っています。コツコツ1歩ずつ、地道に種まきしていく。これまでそうやってきて、実際に変わっていった人たちを目の当たりにしています。話すことが苦手だったのに話すことが楽しくてしょうがなくなったと言ってくださる人もいて、僕自身も色々な気づきをもらっています。
――最後に今後の展望をお聞かせください。
村上信夫氏: 僕は時代小説が好きなので、今年は歴史小説を書き始めようと思っています。ネタはもうあるので、今は、どこまで本当でどこまで嘘かといった虚実皮膜な部分の仕込みの最中。『いねむり先生』の時に伊集院静さんは、「小説はどこまでが本当でどこまでが嘘か分からないから、読者に『どこまで本当なんだろう?』ということを感じさせられたらいいよね」と言っていました。今回のものは歴史的な事実を基にしたフィクションなので、結構面白くなるんじゃないかなと思っています。おそらくフィクションじゃなきゃ伝えられないものや、フィクションじゃなきゃ言えないこともあると思います。次なる目標は63歳で直木賞。賞がとれたらまた取材に来てください(笑)。本を書くのならば「賞をとろう」という熱意がなければいけないし、そこを目指すべきだと僕は思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 村上信夫 』