夢を追いかけ続ける
五百田さんは、東京大学教養学部卒業後、角川書店、博報堂、博報堂生活総合研究所を経て独立し、現在「コミュニケーション心理」「恋愛・結婚・仕事」を主なテーマに活動されています。東京・恵比寿にて女性のための人生相談ルーム「恋と仕事のキャリアカフェ」を主宰し、講演などを通して、働く女性や職場で女性との接し方に悩む男性などから多くの支持を集めています。
また執筆では、最新刊『実はあなたもやっている!?ウザい話し方』や、13万部を突破した『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』(略称『ここさめ』)など、こちらも多くの悩める人々に支持されています。書き手として、元編集者として本づくりの両面を知る五百田さんに、本、執筆に対する思い、出版業界についてお聞きしました。
小さい頃の夢は、「本を書くこと」
――今年もすでに、新刊が発売となっていますね。
五百田達成氏: はい、1月に『実はあなたもやっている!?ウザい話し方』がPHP研究所より出版されました。現在は2つのテーマをメインに執筆しています。1つはコミュニケーション心理といった、人と人が心を通わせる時の言葉遣いに関するものです。もう1つは、ライフキャリア、働き方に関するものです。この2つを主軸に執筆やカウンセリング、みなさんに向けて講演したりしています。そういった活動のかけ算の結果が、恋愛や結婚、職場の人間関係、あるいは、人付き合いにおける心理などの分野の中で、今回のように本になったりします。
―― 一貫して、本と密接に関わるお仕事をされていますが、昔から本がお好きだったのでしょうか。
五百田達成氏: はい。小さい頃から本が好きで、将来は本を書く人になりたかったんです。マンガではなく本でした。小学生になる前の1年間、幼稚園に通わず、家でひとり黙々と絵本や名作童話全集などを読んでいました。今思えば、それが本一色の世界への第一歩だったような気がします。絶対に分からないような難しい本を、意味も分からず無理して読んでましたね。だから、読書体験を積むという意味では、その頃が一番頑張っていた気がします(笑)。
朝日新聞の土曜版・日曜版などで新刊案内があって、もちろんそこには大人向けの本が紹介されているのですが、構わず「(紹介されているもの)全部欲しい」と親にねだったところ、全部買ってもらえたのを覚えています(笑)。今で言う、インターネットを与えられているような環境だったかもしれません。よくある話ですが、親の方針でテレビをあまり見せてもらえませんでした。読書が唯一にして最高の娯楽。当たり前のようにテレビを見ているまわりの同級生と、流行りの歌謡曲について話題が合わなかったのをよく覚えています(笑)それでも、あの濃密な読書体験は、とても幸せな時間でしたね。
僕が通っていた中学校では、作文コンクールがあって、入選者の作品は小冊子にしてくれるんです。中学2年生の時に、初めて僕の作文が選ばれました。本と呼べるほどの形ではなかったけれど、自分の書いたものが活字になるということは衝撃的な体験で、あれが僕の原点でしたね。
絶対に本だと決めていた
――その後の五百田少年は、やはりどっぷり本の世界に浸かっていくのでしょうか。
五百田達成氏: ただそこはやはり、中学生です。仙人のようにかすみを食べ、読書にいそしむだけではありませんでした。そのころから、それまでの反動のように一気にミーハー化。「テレビって、なんて面白いんだ!」と感激し、連続ドラマや歌番組にハマっていた時期もあります(笑)。そういったこともあり、高校の頃には、広い意味でメディアに携わる仕事がしたいと思うようになりました。東大受験の際、学部を迷いました。大手予備校のチューターに「マスコミに入るにはどこの学部がいいんですか?」と相談すると、「東大には教養学部というのがあって、そこはマスコミに強い」と教えてくれました。今考えると怪しいというか(笑)、別に法学部でも経済学部でも良かったのでは?と思いますが、当時は「じゃあそこに行きます」と、すぐに決めました。
――在学中、他の進路は考えなかったのですか。
五百田達成氏: 「進振り」という進路選択システムに象徴されるように、窓口が広く、色々な可能性を考える機会がある大学です。ですが僕の場合は、良くも悪くも「絶対に本だ」「マスコミ一本!」と決めてしまっていたんです。ですから就職活動の時も、それほど迷いはありませんでした。いわゆる大手マスコミを片っ端から受け、片っ端から落ち、なんとか出版社に就職することができました。
発信することから学んだこと
――角川書店ではどのようなお仕事をされていたんですか。
五百田達成氏: 最初は、雑誌の編集者からスタートしました。次にいよいよ自分の小さなころからの夢だった「本」に直接携わる仕事、書籍の編集者になりました。書籍という作品づくりを学んでいくうちに、改めて「自分で本を書きたいな」と思いました。28歳の頃です。その後、より大きな場所・刺激を求めて博報堂へ転職。マーケティング視点や生活者心理など、それまでとは違った視野と人脈を得られたのは、とても貴重なことでした。
――そして博報堂を経ていよいよご自身で発信されるようになるんですね。
五百田達成氏: そうですね。当初からメディアを目指し、携わることに迷いはありませんでしたが、その分視野が狭くなっていたのかもしれません。博報堂を辞めてからは、「どういう物書きになりたいんだろう」「そもそも食べていけるのか」などなど、これからの身の処し方について自問自答する日々が続きました。実に1年間です(笑)。生活としては自由になったはずなのに、理想や夢には近づけない。精神的にはかなりキツい時期でしたね。そうした「人生の踊り場で悩む」という実体験があるので、ライフキャリアに悩む人向けの相談サービスを始めたという面もあります。
――執筆にもその想いが反映されているように感じます。
五百田達成氏: 「目線がやさしい」「読みやすい文章」と言っていただくことはありますね。「情報よりも視点、テクニックよりも心がまえ」がモットー。一方的に送り届けるのではなく共感を意識しつつ、分かりやすく平易に。それでいてきちんと論理的で、必ずひとつ新しい見立てを盛り込む。そういった書き方は心がけています。
知性と野性、そしてバランス感覚
――五百田さんの執筆の源泉は、どこからくるものでしょうか。
五百田達成氏: 結局、自意識過剰なんだと思いますよ(笑)。あれも言いたい、これも思いつく。物書きとしてはある程度当然かもしれませんが、「僕はそこそこ面白いことを言えるはずだし、“面白い”と思ってくれる人がいるはずだ」という、祈りのようなものがバネになっています。あと、その場を盛り上げようというサービス精神は強いですね、少し過剰なぐらいに(笑)。「あの人がいると場が和む」「五百田さんとの話は楽しい」と思われたい。無口で孤高の天才肌にはなれないんですね。シーンとなるとすぐしゃべっちゃうし、その場が円滑に進むように気をくばっちゃう。「そういうのって疲れませんか?」といぶかしがられることもありますが、慣れというか習性というか「性(さが)」というか。
――編集者と書き手、両方の五百田さんがせめぎ合う感じでしょうか。
五百田達成氏: 作品を作る人には、ある程度パワーや突き抜けたところ、「俺の話を聞け!」といった部分が必要だと思うんです。でも僕はもともと編集者だったこともあって、場の空気を見て落としどころを考えてしまう性格があって、突き抜けきれていない気がするんです。なので最近は、企画やアイディアを作るときには、丸まりすぎることのないように、だーっと書き散らしたメモのような形にするようにしています。そのほうが、編集者さんとしても、料理のしがいがあるというか。そこから一緒に完成された「本」という体裁にもっていくんです。しかしその過程で、また元編集者の癖が出てしまうことがあって。もちろん、それがいい方向に働く場合もある。さじ加減が難しいですね。
――編集者としても経験を積んできた五百田さんですが、理想の編集者像というものはありますか。
五百田達成氏: 編集者さんとは、ディスカッションというか意見交換というかそういうものをしたいと思っています。「こういう感じで書いてください」「はい、分かりました」と、部屋にこもってコリコリ書くのは、どうも性に合わないようなんです。ジャズのように、書き手と編集者がセッションしていく中で作り上げていきたい。単に僕がさみしがりだからかもしれませんが(笑)
話していく段階で色々なものが生まれるような関係がいいと思っています。流れや構成、言葉遣いや校正も、いきなり最初から完璧を意識してやってしまうと、面白くなくなってしまう。だから、いつも自分の中でバランスを考えています。
また、いいものを作るというだけでなく、売る・売れるというところまで、一緒に高い意識を持ちたいと考えています。編集者さんとは企画段階から「で、この本、どう売ります?」という話をしています。
――作って終わりではなく、届ける事を意識した作品づくりが大事なのですね。
五百田達成氏: おかげさまでベストセラーになった『ここさめ』ですが、この本の担当編集の方は、実にすごい方でした。企画力、言語センスもさることながら、自身も書店の現場におもむくフットワークと情熱にあふれ、「今こういう本が売れる」という目利きが的確で説得力があり、正直、感動しました。僕自身、編集者時代にそのような仕事をやってきていただろうかと考えさせられました。賭け・冒険の要素は、ビジネスですからもちろんあります。たとえ大空振りするとしても「その案、乗った!」と思えるような売り方・方向性を示してくれる、プロデュースセンスのある方と仕事がしたいと思います。
プロダクトとしての本の魅力
――「本」を作ることにおいて、重要なことはなんでしょうか。
五百田達成氏: プロダクト・商品としての本の完成度、紙の質やデザインといった細部へのこだわりは大事なんじゃないでしょうか。「かわいい」本というか、ぐっとくるモノというか。ブランドや付加価値という言い方をする人もいるかもしれませんが、わざわざ、かさばる重たいコンテンツの入れ物を買ってもらうには、そこに価値ある何かが必要。特に今僕が書いているような実用書においては、著者のパーソナリティや、アレンジやデザインなど、ウェブコンテンツとの差をいつも考えています。
――「本ならではの価値」ということですね。
五百田達成氏: 情報が容易にインターネットで手に入る時代です。いち読者として自分も、そういった「本ならではの価値」が感じられるかどうかが、購入する基準になっています。僕は乱読家ではなく、特定の大好きな作家の作品や、あるいは仕事で必要なものなど、選んで購入しているので、読む本の範囲は狭いかもしれません。
――五百田さんご自身は、どのような本を読まれるのでしょうか。
五百田達成氏: 新刊が出たら迷わず買うと決めているのは、村上春樹、長嶋有、菊池成孔などです。マンガでいうと、よしながふみや益田ミリ。『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ)も毎巻、胸を熱くしています。興味の範囲が狭くならないよう意識的に、気の合う読書家の友人や仲のよい編集者さんと本の貸し借りをしています。中学生みたいですよね(笑)
――電子書籍で読むことはありますか。
五百田達成氏: 僕は電子書籍を買ったことがないし、読んだこともないんです。スマホを使い始めたのもこの1年ぐらいなので、慣れていないというのもあるかもしれません。でも「良さそうだな」とは思うし、電子書籍のアプリで、背表紙が本棚に並ぶといったものがありましたよね。おそらくあの“並んでるぜ”感が本好きにはうけると思います。今のところは、まだ電子書籍に対して先ほどお話したような、愛着が感じられないのが原因かもしれません。
本を買うという行為に、ワクワク感がある。電子書籍はどうか
――ひとくちに本と言っても、買う人によって様々な背景、将来がありそうですね。
五百田達成氏: 「モノ=プロダクト」ですから、「読む」だけでなく、「デザインがクール」「賢くなれそうな気がする」「流行りをおさえたい」「とにかく手元に置きたい」など、買う動機はさまざまですよね。僕も、このあいだ長嶋有の新刊が出ていないのかなと思っていたら、その日が新刊の発売だったので、書店によって買ってきました。こういう風に、まだ読んでいない段階でも、本を買う事自体のワクワク感があります。伊坂幸太郎の『モダンタイムス』という小説は近未来の設定なのですが、その中で「あの本は、最近紙で出ているぐらい人気があるらしい」という描写があるんです。これから「すべての紙の本は愛蔵版」という要素が強くなっていくんじゃないでしょうか。それぐらい、細部の作り込みが大事というか。
――電子書籍が普及することによる、編集者、出版社、あるいは書店の役割の変化についてはどうお考えでしょうか。
五百田達成氏: もちろん役割は無くなるものではないと思います。書店の役割で言うと、最近お会いした出版部長の方が、「郊外の書店は、高齢者の社交の場になっている。おばあちゃんが書店員さんに『この作家さんがすごく好きでね』といった世間話をして帰っていく」とおっしゃっていました。ある年齢層以上の人にとって、本はすごく神聖で輝きがある。宮崎県に住んでいる僕の叔母は、「私たちの世代にとっては、本は最高の娯楽なんだ」と言っていました。「近くに読みたい本が揃っている本屋がない」と言っていて、また、高齢でAmazonを利用して本を買うということもできないので、一度本を送ったら大変喜んでくれました。最近は、そういった「本」に愛着を感じる上の世代も意識して作品を作るようにしています。
本はかわいくて、愛おしい
――五百田さんにとって、「本」はどんな存在ですか。
五百田達成氏: 今、本を買う人は減っているし、紙なんて流行らないと言われていますが、でもやはり愛おしいし、僕は本が好きです。「書くだけで、本だけで食っていく」なんて夢物語かもしれません。それでも「怖いけれど、やってみたい・・・かな」というのが正直な気持ちです。
――数ある仕事の中で、「本」を選ばれた覚悟でしょうか。
五百田達成氏: それほどたいそうなものではなく、「やっぱり本はいいな〜」ということです。本は手触りも含め、かわいくてかっこいい。小さいころからインターネットに慣れ親しんでいた人は、何かを発信したいときにネットを選ぶでしょう。ノスタルジーかもしれませんが、職業を聞かれたら「本を書いてます」と言いたいのです。
本を手にとった人の期待を少しでも上回るようなものを作りたい
――今年は、どんな作品を出されるのでしょうか。
五百田達成氏: 先ほども言いましたが、1月に『実はあなたもやっている!?ウザイ話し方』が、オリジナル書き下ろしでPHP文庫から出ました。少々挑戦的なタイトルですが、内容としては「ちょっとしたコミュニケーションのクセやささいな言い回しのせいで、人づき合いが狭まっていくのはもったいない」というメッセージを込めています。
そのほか、おかげさまで現在3冊ほど企画が進行しています。繰り返しになりますが「売る=届ける=重版」にこだわる年にしたいですね。
実は、長嶋有の好きな言葉が重版(増刷)だそうで、「重版は、周りが予想したよりもちょっとだけ売れたという証拠だから、とてもいい言葉」ということを言っています。サイン会で「何かひと言添えてください」と頼まれると、サインの横に「増刷」と書くのだとか(笑)。僕の本も、手にとった人の期待を少しでも上回るようなものにしたいですよね。
――読者の期待を上回るような、新しいチャレンジも考えられているのですか。
五百田達成氏: 「コミュニケーション心理」「ライフキャリア」は広いテーマだと思うので、これからも色々なジャンルに切り込んでいけたらと思っています。ちょっとしたショートストーリーも書いていて楽しいし、脚本や監修といった形で大きな作品に関わるのも面白そうです。ある尊敬する先輩に「人が書く文章とは、その時点での人生そのものだ。日々の生活・それまでの経験・培った価値観、すべてがにじみ出ている」と言われたことがあります。夢、楽しさ、将来、安定……。悶々と葛藤したこともありますが、今現在は、「文章を書き、本と一緒に、楽しく生きていく」ことを目指そうと考えています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 五百田達成 』