人間の義務を果たすための手段が「読書」
――本は昔から読まれていたのでしょうか?
宮崎伸治氏: 私の両親は両方とも中卒で、私の姉も高校を卒業した後は専門学校に行っていますし、親戚中で大学を出たという人は1人ぐらいしかいません。両親はあまり教育熱心ではなく、本も読みませんでしたので、家には本が1冊もないような環境でした。私も同じく、受験勉強はしていましたが、本は読んでいませんでした。大学1、2年の頃は受験勉強から解放されて、ほとんど勉強をしていなかったのですが、3年生くらいになって、恋愛や将来の自分のことなど色々と悩みができ、その解を求めて本を読むようになりました。読む本は、小説が多かったですね。私は加藤諦三先生のファンで、大学2、3年の頃はとてもはまっていて、先生の本は100冊ほど持っています。大学3、4年の頃は、年間150冊ほど本を読んでいました。就職してからは、大学時代よりは減っているものの、年間70~80冊ほど読んでいましたね。今でも知らないことがたくさんありますし、まだまだ読み足りません。一生勉強だなと思っています。
――最近読んでいる本をご紹介いただけますか?
宮崎伸治氏: ロンドン大学の神学部で聖書の勉強をしていまして、『The Study Bible』という新約聖書を読んでいます。新約聖書は2000年ぐらい前に書かれた本ですから、解説書を同時に読んでいます。「神の言葉が記されている」と言われている本ですから一言一句丁寧に読み進めています。解説書を読みながら、どういう文化的背景、時代背景があってこういうことが書かれているのか、それが今の時代にマッチするものかどうなのかといったものを深く考え、自分で吟味し、対話をしながら読んでいき、いいところを自分に取り入れています。それが自分の血となり肉となるのです。
――宮崎さんにとって、読書とはどういった存在なのでしょうか?
宮崎伸治氏: 本というのは考えるためのツールだと思います。自分が成長していこうと思えば、反省して自分を磨くということが必要。本はそのための手段だと思います。色々なことを知ることができますし、反省材料にもなるのです。
自分を磨くことは人間の義務の一つだというのが、私の信念です。動物は人間と違って理性がありませんから、自分を磨く必要がなく、本能のまま生きていてもいいわけです。でも人間というのは理性を授かって生まれてきているので、できるだけ理性的に生きようと努めなければなりません。平たくいえば、より良い人間になろうと努めなければならないということです。これは哲学者のカントが言っているのですが、私もその通りだと思っています。
そして、自分を磨くために一番アクセスしやすいのが読書なのです。もちろん、読書以外にも、名画と言われている映画を見てインスピレーションを得る、あるいは職場の上司や親に相談して良いアドバイスをもらうなど、自分を磨く上で役立つ方法は他にもたくさんあります。しかし、自分の尊敬している人からアドバイスをもらおうと思っても、もらえるかどうかも分からないですし、それが本当に自分に適したアドバイスかどうかも分かりません。また名画を見ても興味が持てないという時もあるでしょう。でも本だったら非常に広い範囲の中から自分で好きなものを選べますし、色々な本が読めますよね。留学時に色々な本をたくさん読めたというのは、自分の宝だと思っています。
――特別な存在である本。初めてご自分の本が出版された時は、やはり嬉しかったですか?
宮崎伸治氏: はい。とてもうれしく、飛び上がるような思いでした。
電子書籍と紙の本、それぞれに使い道がある
――翻訳書についてですが、どのようにして訳しているのでしょうか。心がけていらっしゃる点などはありますか?
宮崎伸治氏: 基本的にはその原作者が言いたいことを文章から汲み取って、それをそのまま読みやすい日本語で表現します。これは、自分を殺して書かなきゃいけない部分が多いですね。
また原作者の気持ちに入りこむことも大切です。文字の中に入り込んで、作者が一体何を言いたいのかを理解し、解釈してやらなければいけません。「英語がこうなっているから、これをこのまま日本語にしよう」というのではちょっと浅いという感じもします。
――本を出す際は、編集者の方とのやり取りも多いと思いますが、編集者の役割についてはどうお考えですか?
宮崎伸治氏: 私は、恐らく100人以上の編集者を知っていると思います。私の印象としては、多くの編集者は、「売れる本を作りたい」と思っているように感じます。それが第一の目標になっている気がしますが、真の目的というのは「良い本を作る」ということだと思います。また、著者や翻訳者が安心して仕事ができる環境作りをするというのも編集者の役割だと思います。著者や翻訳者というのは1人で働いているものですから立場が弱く、出版契約書がないがしろにされたり、あるいは原稿料や印税が勝手に削られたりすることがあります。当たり前ですが著者も人格を持っているのですから、約束したことはきちんと守るというように、著者が安心して仕事ができるような体制を作ることも編集者としての大切な仕事だと思います。
――電子書籍について、ご意見をお聞かせください。
宮崎伸治氏: 本というのは大きく分けて2種類あると思います。一つは学問関係の本で、線を引いて何度も読まないといけない本。もう一つは小説など娯楽目的の本です。これは読めればいいわけですから、電子書籍でも十分役割は果たせると思います。電子書籍はスペースも取りませんし、5年前、10年前の本を読みたい時にもすぐ検索できますから便利です。しかし前者のような、勉強のための本というのは紙の本の方がいいかなと思います。例えば聖書は、色々なところに線を引いたり、印をつけたりしながら読むと味わい深いものになります。感動したところに線を引いておけば、あとで読み返すときも便利です。
電子辞書というのもありますが、1度使うと、もう紙の辞書には戻れなくなります。私は基本的に、全て電子辞書で済ませています。
私自身はまだ、電子書籍は使っていませんが、紙の本と電子書籍は敵対するものではなく、それぞれに使いようがあると思いますので、共存してもいいと思いますし、棲み分けができてくるのではないでしょうか。
――本屋さんへ行かれることはありますか?
宮崎伸治氏: あまり行きませんね(笑)。41歳からずっと学問ばかりやっているのですが、そこで読まなければいけない本、例えば課題になっている本など、学問の本というのは、ネットで購入できます。ですから、ここ4~5年ほどは、本はずっとネットで買っています。
昔は手に入りにくい本もありましたが、現在はネットのおかげで外国の書籍なども手に入りやすいです。イギリスから取り寄せたり、あるいはAmazon Japanで買える時もあります。私にとって、今のインターネット社会というのはとても便利で良いです。