無視力も大事
――すんなり出版できたのですか?
大嶋利佳氏: いいえ。最初はどうしたらいいのかも分かりませんし、「本を書きたい」と言うと、ほとんどの人に、「自費出版じゃないと無理だ」と言われました。ビジネスマナーや話し方の本は世の中に溢れているし、「有名人でも成功者でもないただの主婦が、出版社に相手にされるわけがない」とも随分言われました。でも、やったことがない人は「無理だよ」と言いますが、実際にやったことがある人は、「できるよ」とか「じゃあ出版社を紹介してやろうか」などと言ってくださいます。そこから糸口がつかめたのです。なんでもそうですね。ある時、ランニングをやってみたいなぁと思ったことがありました。フルマラソンに挑戦しようかと思って。そこで友達に相談すると、「いやぁキツイよ、無理だよ」というのは、完走したことがない人。完走経験がある人は、「やりましょう。できる、できる!」と言うんですよ(笑)。
――できた人は応援し、できなかった人は反対する……。見極めが大事ですね。
大嶋利佳氏: 大事です。私はコミュニケーション講師ですが、「人の話を聞くな」というのが信念です(笑)。“無視力”は大事ですよ。私が会社を作った時も、つくづく「人の話を聞いてはだめだな」と思いました。起業しようと思った時に、色々な人が相談にのってやろうと言って近づいてきました。でも、その人のアドバイスを聞いて私が失敗したとしても、その人にはなんの責任もありません。それにアドバイスをしたがる人って、相手のためではなく、自分が気持ちよくなるためにしているという人も、実は少なくないのです(笑)。頼りにされている自分、偉そうにできる自分を楽しみたいだけ、という人もいます。だから私は「他人の意見」「みんなの意見」を聞こうとは思いません。相談するとしたら本当に信頼できる人、責任をもってくれる人だけ。あとは自分ひとりでとことん考える。そういう姿勢は大事だと思います。
本の良さを思い出させてくれたのは「教科書」
――自立のサポート役として、一人で考える時「本」という存在は大きいですね。
大嶋利佳氏: そうですね、特に放送大学大学院の教科書は、一時失っていた読書への信頼を取り戻すことができたという、非常に印象深い書物です。
――読書への信頼が失われていたというのは、なぜだったのでしょうか。
大嶋利佳氏: 著者として活動していると、「分かりやすく、読みやすく、売れるように書け」と求められますし、社会にもそういう風潮を感じていました。図解やマンガで解説し、3分で分かる、というような本が流行していましたし。ですから、学生の時は、本は知恵の泉で、読めば読むほどいいものだと思っていたのですが、著述業をしているうちに、本がただの流行の商品にしか見えなくなってしまったのです。そこで、そんな本ばかりを読んだり書いたりしていても意味がないと思い、学問の根本に立ち返ろうと放送大学に入ったのです。大学の教科書というのは、「売れるように」とか、「面白く」とか、「分かりやすく」といったことは、ぜんぜん考えていませんよね。全科目、装丁も一緒だし、縦書きか横書きしか区別がありません。とにかく内容だけが勝負。参考文献リストにある本も読まないと、深いところは理解できない。
そういう教科書に触れて、「読書っていいな」という気持ちが蘇ってきました。私もいつか、読み手側が頭に汗をかくような、読みにくくてものすごく時間がかかって理解しにくい本を書いてやりたいなと思っています(笑)。