電子書籍によって改善される環境
――電子書籍は、本の復権や新たな可能性になりえそうでしょうか。
大嶋利佳氏: そうですね。私は電子書籍については非常に可能性を感じています。一番期待しているのが、読み手としてありがたい、手軽さ。これを持ってお出掛けすると、何百冊も持って出歩いているのと一緒ですから、物理的に楽になりますし、家も広くなります。夫も本好きなので、私の家の壁も至る所が、本棚になっています。(笑)ですから「電子書籍化されると、もっと片づくよね。」と話しています。もう1つは検索性ですね。全て電子化されていれば、キーワードで的確に探し出すことができますし、学業の仕方や、学術の進め方がもっとよくなるような気はします。
――電子書籍だからこそ、のメリットですね。
大嶋利佳氏: 独自のメリットとしては、視覚に障がいをお持ちの方や、普段本を読むことが難しい状況、環境が、電子書籍によって改善されていくのであれば、それはすばらしいなと思います。読み上げも今までの人による朗読では物理的に限界がくると思うので、初音ミクちゃんみたいなキャラクターが出てきて読んでくれるとか(笑)。実際色々なところで指導していると、視覚障がいをお持ちの方がプレゼンテーション講座に来られたり、話し方講座に来られるケースもありますが、そういう方たちの可能性が広がるのであれば、それは本当にすばらしいと思います。
本は本、電子書籍は電子書籍。どっちもアリ
――モノとしての、本の価値というのはどうでしょうか。
大嶋利佳氏: 電子書籍には非常に興味を持っていますが、存在や質感を持った物理的な本も依然重要です。昔あった、箱入り布表紙などという形の本、そういう装丁にも凝ったような、交流的な価値を持った、美術工芸的な本というのがなくなっていくのはさびしいですね。最終的には電子書籍が主流になっていくのかなと思いますが、それが読書家を増やしていくのか減らしていくのか、ということに私は非常に興味があります。この間、印刷関係の仕事をされている方と飲んだ時に、「本が、今のような形で流通しているのはたかだか数百年の話で、グーテンベルグの呪縛だ。この呪縛を解こうとしているのが電子書籍だ」と言われて、「なるほど」と思いました。文学や知識というのは、もともと口伝えで伝承されていたわけですよね。そこに印刷技術ができて今の本という形ができあがって、それが常識だと皆が思っているわけです。でもそうではなく、「情報伝達の長い歴史の一過程として本という形がありました、次はこれです」という考えも全く不自然ではないと私は思います。「紙じゃないと読んだ気がしない」という人がいてもいいと思いますが、だからといって電子書籍というものの価値を損なうものではないだろうと思っています。私はどっちもアリだと思って、期待しています。
江戸時代、武士はサラリーマンだった?
――これからも魅力的な「本」という媒体で、次に伝えたいと思っている事は何でしょうか。
大嶋利佳氏: 私の一番の愛読書である『葉隠』(「はがくれ」、江戸中期の書物武士の生き方について述べたもの)を、ビジネスパーソン向けの話し方の本として現代に蘇らせたいと思っています。
――「葉隠」時代の武士と、現代のビジネスマンと共通するところは。
大嶋利佳氏: 戦国時代が終わり、江戸時代中期になると、もう武士同士の刀を使った闘いはなくなり、斬り合いをすれば喧嘩両成敗でした。そういう、武力を使わない時代になると、「武士として俺は強いんだ」ということは、言動で示すしかない。そこでこの『葉隠』では、武士らしい、人になめられない強い言葉づかい、上司からも、部下後輩からも侮られない、強いものの言い方について教える部分がたくさんあります。この本は多くの人々に愛読されていて、解説書もたくさんありますが、コミュニケーション力という観点から読み解いたものはありません。現代のビジネスパーソンに、サムライとしてのコミュニケーションを提案できる本をぜひ書きたいです。その他にも、空手に関する本も書きたいと思っています。
――書き手、講師として重点をおいて取り組んでいきたいことはありますか。
大嶋利佳氏: 幸い研修のお仕事は割と順調ですし、2002年から今まで毎年、ずっと出版しています。今度、『今さらだけど話し方の大事な基本が分かる本』(三笠書房)というものが出ます。これは2002年に刊行された本が出版社を移して文庫化されたもので、単著としては36冊目です。また、今年中には女性向けのコミュニケーションの本も出る予定です。これだけ続けて出版できているのは、大学時代の松竹梅が活きているのだと思います(笑)。今までの色々な読書体験を通じて、シンプルな文章力が身についていることには本当に助かっています。今までもこれからも、一番取り組んでいきたいのは、本当の意味での強い人間を1人でも増やすことです。そのための活動が、空手であり、研修であり、本の執筆です。私が伝えたいコミュニケーションというのは、自分の信念を貫くコミュニケーションです。みんなと楽しく面白く話をするとか、言いにくいことを、角をたてないように上手く言うとか、そういう処世術めいた話し方のスキルには興味はありません。それよりも人の話は聞かなくていい、嫌われてもいいから言いたいことは言え、自分自身の言葉を磨きあげろ、と私は言いたいです。そうした姿勢があってこそ、多くの人の心を動かすコミュニケーション力が身につくのではないでしょうか。そういうものを、私はこれからも追求していきたいと思っています。
(撮影場所 代官山カラテスクール)
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 大嶋利佳 』