心に残る二冊の本
――さらに水への興味が深まっていったのは。
橋本淳司氏: 父は読書家でもあったので、本棚には色々な本がありました。『寺田寅彦全集』の中に『茶碗の湯』という、目の前の茶碗から湯気が立ち上るところを見ながら、水の循環について説明をしている話があります。この話はとても印象深く「水は透明だけど、実はいろんなものを溶かし込んでいて、蒸発してまた雨になるのだ」という漠然としたイメージがわいてきて、それから水に対する興味がどんどんと涌いていきました。小学五年生の時には、そういった本を写経するかのように漢字練習帳に書き写していました。宿題の漢字練習はほったらかして(笑)。
図鑑を写して先生に提出したときに、その写経の理由を尋ねられました。「渡良瀬川の水色を調べていくうちに、こんなことになっていました」と説明すると、先生は「ノートに書いていたら友達には見せられないから、これにまとめなさい」とA4用紙を三枚、僕に渡してくれました。そして、教室の後ろの壁に「一枚レポート」というコーナーを新設してくれたんです。貼り出されると、わりと好評でした。興味を持った事象について本を読み、調べてまとめるという今の仕事に繋がる最初の出来事でした。
――「書いて伝える」という仕事を意識したのも、この頃からでしょうか。
橋本淳司氏: その頃の夢は、宇宙飛行士か新聞記者だったかな。中学生の時に『世界の湖』という本に出会ったことで、さらに方向が定まることになりました。図書館で見つけたその本には、カナダのレイク・ルイーズという、とてもきれいな湖が載っていました。「これも青緑だ。ここに行きたいな」と強く印象に残り、そこは大人になって取材で行くことになりました。バンフからジャスパーというところに行って、そこから馬に乗って、カナディアン・ロッキーを7日間ぐらいかけて縦走するという取材をしたのです。その時に馬から「あれだ!」と。非常に興奮して、それからはより一層「森に行って水に出会う」ということが、楽しみになりました。『世界の湖』と『寺田寅彦全集』、この二冊に出会えたことが、僕の今の道に繋がっているのだと思います。
「突撃!隣の浄水場」
橋本淳司氏: 寺田寅彦の文章を読み進むに連れて、次第に言葉に興味を持つようになっていました。当時の僕は日本語教師を考えていたので、学習院大学の文学部に進みました。大学生になり、荒川区の東尾久に住み始めたのですが、その時に“激マズの水道水”に出会ったのです(笑)。文学の道はそっちのけになるほど、インパクトの強い出来事でした。1980年代の後半の頃で、おそらく東京の水が一番まずかった時代で、水道水は金魚鉢の匂いがしました。東京の友達は水に対してあきらめムードでしたが、僕は「場所によって、ずいぶん水の味って違うんだな。色々なところへ行って、飲んでみよう」と考えたのです。そうやって、水源や浄水場に行くという日々が始まりました。色々な浄水場に行って「一杯、飲ませてください」と頼んでいました。でも浄水場は、一見(いちげん)さんお断りなんですよ(笑)。そうやって断られ続けていたある日、「ここの水はうまい」と謳うパンフレットに、青森県にある横内浄水場が載っていました。そんなに旨いのか、ということで訪問したら、断られることもなく水を飲ませてくれました。本当においしい水で作り方を尋ねると「お前はいいやつだ。水の味がわかっている」と。
――水の味がわかるやつに、悪いやつはいないと(笑)。
橋本淳司氏: いないはずです(笑)。それで「色々な浄水場に行ったけど、初めて飲ませてもらえた」と伝えたら、そのおじさんの知り合いやツテのある各地の浄水場を紹介してくれました。そこから「浄水場巡り」が始まりました。「あそこの浄水場は、昔ながらの微生物の力によってろ過しているから、薬でろ過しているところとは違う。そこの水を飲め」というような指令をもらっては、浄水場を巡る毎日。水を水筒に入れては、好きな女の子に「今日はすごい水があるから、ぜひ飲んでくれ」などと言っていたのですが、みんなドン引きでしたね(笑)。
著書一覧『 橋本淳司 』