人に興味を持ち 喜びを感じる旅 『Studio Journal knock』の誕生
西山勲氏: その後、タイに行く機会がありました。今までは単に旅をしていただけだったのが、そのころには被写体とかテーマを考えるようになっていて。旅で何を撮りたいかを考えたとき、「人」が浮かんできました。そこに興味と喜びを感じていることに気づいたのです。
今着ているこのTシャツも、沖賢一という友人の画家のものですが、彼のポートレートを撮ったりしているうちに、アーティストという生業、彼らの生き方のようなものに興味がわいてきました。自分の内側にある芸術や美しいものと向き合うために、一般の人とは違う世界で生きる人たちがいる。彼らを被写体にするだけではなくて、彼らがどんなことを考え日々暮らしているのか。そんなことを知りたくて、バンコクにある若いアーティストが集まるギャラリーへと足を運びました。
そこでの旅の経緯や模様を残しておきたいと思ったのですが、写真家を表明するほどの勇気はなく、ひっそりと『NOVO MUNDO』というサイトを立ち上げて記録しました。これもメモ帳代わりにはじめて、心が揺れ動いている時に素直に書いたもので、誰にも話していなかったからとても恥ずかしいのですが……。
――題名は『NOVO MUNDO』。
西山勲氏: 『NOVO MUNDO』、ポルトガル語で「新世界」という意味なのですが、“病気後”に出会った「新しい世界」という気持ちで名付けました。モロッコの旅もここに書いています。
2012年4月、ちょうど『Studio Journal knock』の旅が始まる1年前ぐらいです。そのタイで、作品について話すだけでなく家に泊まらせてもらったりと交流しながら、日常生活に入り込んで、アーティストたちのパーソナルな部分を見たり聞かせてもらったりしていくうちに、それ自体がストーリーになってくるような気がして、それをドキュメンタリーで作りたいと思うようになっていったのです。
――そうして『Studio Journal knock』に繋がっていくのですね。
西山勲氏: フィルムをプリントしていくように、ブログから、冊子という形にする。そうして『Studio Journal knock』の1冊目となるTHAILANDができあがりました。「10zine(てんじん)」という、福岡周辺の面白いクリエイターや作家が集まる、ZINEレーベルがあるのですが、そこでの活動にヒントを得て、写真中心のデザインで日記やメモを入れ込むという今に繋がるスタイルが出来上がりました。
そのころ写真家の高橋ヨーコさんが発表した『ONTARIO』という冊子にも影響を受けました。それまで出版というと大変なことのように思えたものですが、衝動にまかせてやってみるのもいいかもしれない。そんなふうにして、気持ちもまとまり「もう仕事は完全に辞めて、旅に出続けよう」と決意しました。そして2013年の7月、『Studio Journal knock』の旅が始まりました。
旅の終わりのはじまり
西山勲氏: 長年携わってきたデザインと違って、写真や文章、それをまとめる編集など、未経験のことばかりでまだまだ納得はいっていません。また、その道のプロも身近にいるから見られること、読まれることへの恥ずかしさもあり、むしろ怖さすら覚えます。だけど、それに捕らわれていたら何もできないと気付きました。人生は以外と短い。
この『Studio Journal knock』の旅は、病気の時に感じた「何もできないまま、このまま死んでいくのは嫌だ」という想いから生まれたもので、だからこそ「生きていくんだ」という、ぼくの決意表明でもあるんです。
ただ、やっていること自体が評価になってはいけなくて、読んでくださる方々の批判も意見も全部受け止めて、精神を燃やしながら、完成させたいと思っています。唯一「読んでもらう」という選択をしたことで生まれた制約は、今、ぼくの原動力になっています。
この旅は、2月にヨーロッパ編が出て、その後中東編を出す予定ですが、すでに旅の終わり方も考えています。そしてそのピリオドはやはり日本で、と考えています。結構太いピリオドで……沖縄から北海道までバンで北上しながら、アーティストやものづくりに携わる人々、また何かに一生懸命打ち込んでいる人を訪ねる旅です。長い旅になると思いますが、読んでくださる皆さんと一緒に必ず完成させたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
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