表現欲求の手段としてのホームページ『西洋軍歌蒐集館』
辻田真佐憲氏: 学生時代に学んだ哲学専攻では、ドイツ語やフランス語の原書購読をしていたのですが、「せっかくなら読むだけでなく、学んだことを表現したい」と思うようになりました。その頃よく読んでいた、「量子論と複雑系のパラダイム」というサイトの構成を参考に、自分の興味がある文系の分野をまとめようと思い始めました。
フランスやドイツに限らず、世界各国の軍歌を文語調などで日本語に訳す内容で、毎日のように訳しては、サイトに公開し続けました。他にも日本の歴史や文化についても書いていたのですが、需要と供給のバランスで、だんだんと軍歌の比重が増していき、はじめは別の名前でやっていたサイト名も『西洋軍歌蒐集館』となりました。
情報のネット 体験の読書
辻田真佐憲氏: その後大学院を経て、短期間公務員として働いていたのですが、ある日、そのサイトの書籍化オファーを受けました。その頃は、文筆業一本でやっていた訳ではなかったので、仕事が終わって、帰宅してすぐ執筆という毎日でした。自分の生きている証を確認するような、生存確認のような感じの二年間半でした。
――『世界軍歌全集』には、ドイツ語やフランス語以外のものも多数紹介されています。
辻田真佐憲氏: 辞書を買ってきては、格闘していました。軍歌の歌詞は200ワードくらいでしたが、パズルのように一句一句つなぎ合わせる感じ。三時間やって一行訳したり……あの当時だから書けたのだと思います。出版後、もっと執筆と研究に注力したいという思いが大きくなり、翌年一念発起して執筆活動を専業することにしました。働きながらやっていると限界がありますし、書かなくても食えてしまう状況を絶って、専念したかったのです。
本づくりを通して、学ぶことはたくさんあります。私はオタク志向なので、どうしても視野が狭くなってしまいますが(笑)、編集者の方が会話を通じて話題を広げて刺激してくれたり。また書くのはひとりですが、それに対するコメントなども、自らを冷静に見つめ直せるので貴重なものです。
本は、知識を得る最良の手段です。体系だった知識を、読書によって血肉化できる。昨日読んだネットの情報は忘れても、本であれば、10年前に読んだものであっても、忘れていないものです。
執筆にあたっては、単なる歴史の本にならないよう、「今」とどうつながっているのかという側面をとても重視しています。現代と歴史を往復することで、「今」が見えてくる。そしてアカデミズムではやらないような、自分にしか書けないものをめざす。そうした考えで書いています。