名編集者は、一流の演出家である
――浜さんが執筆、編集作業などで特に気を付けていることはありますか?
浜矩子氏: 言わんとしていることを正確に無駄なく、舌足らずにならないように表現しようとしています。編集者とは最初はギクシャクすることが多いんです。言われていることが、私として正確に分からないと、なかなか話に乗っていけない。そこをクリアしないとなかなか話がうまく進まないことがあります。言葉というものの持っている魅力であり魔力だと思いますけれども、同じ言葉を使っていながら、お互いに全然違うことを考えていたり、イメージしたりしていることもあります。人間は思い込みが激しいので、この言葉が出たらこういうことを言おうとしていると早合点してしまうケースがある。先入観で人の言うことを聞いていると、結局は聞いていないのと同じことです。日常的に持っている言語の世界が違うと、変換ソフトが必要みたいな感じになってくる。そのすり合わせができてくると話は極めてスムーズに運んでいくんですけれども、そこに食い違いがあるとこじれていきます。でもそれは重要なプロセスだと思います。
――理想の編集者はどういった方でしょうか?
浜矩子氏: 良い編集者は、お芝居の名演出家と非常によく似た特質が求められるのではないでしょうか。俳優さん、役者さんが持っているものをまずは見抜いて、その力を全面的に引き出していくような。脅したり、すかしたり、おだてたり、刺激したりしながら、力を引き出していって、著者が「自分にはこういうものが書けるんだ」と自分でびっくりするような仕事ができれば、それを名編集者というんだろうと思います。そういう編集者は、「この人ともう一度仕事をしてみたい」と執筆者が思う存在です。
執筆の「冒険」から見える風景
――浜さんにとって書くことはどのような行為でしょうか?
浜矩子氏: 書くことは、すなわち発見の旅です。書かないと絶対に発見できないことがあります。ゼミの学生さんたちと、学位論文の執筆完成に向けて1年お付き合いする中でも毎年申し上げることですけど、大切なことは結論を急がないこと。旅のプロセスをじっくり味わいながら行かないとダメです。これは冒険でもあるということで、何も発見できなかったらどうしようという怖さもあります。無謀にも思われるかもしれない。旅に出たはいいものの迷子になって、とんでもないところで野垂れ死ぬかもしれない。それがいやだからゴールを最初に決めておきたい。でも、ゴールに向かっての最短コースを見極められないと書き始められない、と考えて袋小路に陥る人が非常に多いんです。それは絶望的にダメなことです。
――書籍も、結論を決めずに書き始められることがありますか?
浜矩子氏: 基本的にいつもそうですね。書いていくうちにどんな本かということがみえて来るのです。そういう意味では、常にひやひやものですけど、ある程度のところまで行くと見えてきて、そこから先は言葉の洪水になって結論になだれ込んでいく。書き進んでいく中でしか分からないんです。これは400字だって4万字だって同じです。初めに結論ありき的なマインドセットで書き出すと絶対失敗します。車窓から見てすごくいい風景がそこにあるのに、それを見ないっていう感じになっちゃっていると、とんでもない脱線を自ら引き起こしてしまいますから。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
浜矩子氏: あんまりないです(笑)。それこそ発見の旅なので成り行きによります。本当におかげさまで、驚くほどに色んな機会を与えていただくので、それにライブ的に答えていくことの連続で、終わりなき旅です。もちろん、一つ一つの仕事は毎回、終わりに到達するんですけれども、それを重ねていった時に、最終的にどんな風景が見えてくるのかは、やっぱりまだ分からないですね。
(聞き手:沖中幸太郎)
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