石黒圭

Profile

1969年大阪府生まれ、神奈川県出身。一橋大学社会学部卒業。早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。一橋大学留学生センター(現・国際教育センター)専任講師を経て現職。研究分野は文章論・読解研究・作文研究など。2009年第7回日本語教育学会奨励賞受賞。 近著に『日本語は「空気」が決める』(光文社)、『正確に伝わる! わかりやすい文書の書き方』(日本経済新聞出版社)、『この1冊できちんと書ける! 論文・レポートの基本』(日本実業出版社)など。

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深く掘った成果を、一般的に広めるのがこれからの研究者の仕事


――本の執筆に限らず大学でのお仕事も含めて、どのような風にこれから皆さんに伝えていきたいとお考えですか?


石黒圭氏: 私が今40代半ばですが、そろそろ狭い領域を深く掘り下げることに飽きてきました。体力も要りますし、何より社会的意義が見いだしにくいからです。ですから、今後私は、周囲の研究者仲間からの批判は覚悟の上で、自分の扱う領域をできるだけ広げていきたいということを強く感じています。また、出版社からもどうしても売れる本を求められ、今までは文章技術の本に偏りがちだったのですが、そうでない本、具体的には日本語学の面白さを伝える本も出していきたいと思っています。業界では、『問題な日本語』『日本人の知らない日本語』のような日本語についての本は売れる一方、日本語を学問する日本語学の本は売れないと言われます。しかし、一般の方々の日本語への意識が高まり、もっと深いところまで学びたいという要望が見られるようになりました。ぜひそうしたニーズに応えたいと思っています。

――言語を学ぶ人に伝えたいことはありますか?


石黒圭氏: この前、『日本語は「空気」が決める―社会言語学入門』というタイトルの本を出しました。そこで伝えたかったことは、日本語だけで言語学ができるということです。私が最初に師事した田中先生は多くの言語ができたのですが、先生は一方でとても柔軟な考えの持ち主で、「言語学というのはこれからの時代ひとつの言語に精通していてもできるようになるよ」ということをおっしゃっていました。日本語しか話せないと思っている人でも、そのなかには様々な種類(地域によって異なる方言、相手によって異なる敬語、ジャンルによって異なる文体)があって、その中から選ぶという複雑な作業を毎日しているわけです。これはすごいことです。つまり、日本語しか話せない人でも、バイリンガル、否、マルチリンガルなのです。そのことを、社会言語学という学問は教えてくれます。
社会言語学は「言葉には種類がある」というのが前提ですが、理論言語学は「言葉は表面的に異なるだけでその本質は変わらない」という立場を取ります。事実、ある言語を高度に習得した人は、その言語の基盤を生かして別の言語を習得することが可能です。「要は国語力だよね」などと言われたりもしますが、そうした直感は、言語習得研究の世界でもあながち外れてはいません。たとえば、私の周囲には中国人留学生で日本語の文章が上手な人と下手な人がいるのですが、それは母語である中国語で文章が上手に書けるかどうかの違いにある程度比例をするようです。ですから、現実に使わない環境で英語教育を小学生の頃からやっても、弊害のほうが大きいのです。むしろ、幼い頃は国語教育に十分な時間を割き、きちんと教育したほうが、将来的に英語、あるいは他の言語を学習するときに高いレベルにまで到達できると思います。

言葉の海へと漕ぎ出す。


――今後の展望をお教えください。


石黒圭氏: 今後の展望と言われても、言葉の海は果てしなく広く、どのように漕ぎ出して行ってよいか、見当もつきません。ただ、別のサイト(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2928)でも述べたことですが、言語学には大きく三つの立場があるように感じています。一つ目は、「言語=記号」観。言語の本質は記号そのものであり、耳で聞こえる音声、あるいは目で見える文字(あるいは手話)と考える立場です。簡単に言うと、意味を有する語(辞書のイメージ)と、その語を組み立てる文法(文法書のイメージ)という規則によって言語が成り立っているという考え方です。二つ目は「言語=活動」観。言語は、意味を記号に、あるいは記号を意味に変換する頭の中の活動そのものであるという立場です。人が話す(書く)ときと人が聞く(読む)とき、言葉は二度働くと言えばお分かりいただけるでしょうか。この立場は、人間が限られた時間とリソースで瞬時にコミュニケーションができるのはなぜかという問いを解決するのに役立ちます。三つ目は「言語⊂社会」観。言語は社会のなかにあるもので、その影響のなかで選択や淘汰が行われるという立場です。三つ目についてはすでに本にしましたので、今は、一つ目と二つ目の内容を一般の方に知っていただく本を書きたいと思っています。
特に現在関心があるのは、二つ目の立場です。人は原稿もないのに、なぜあんなにも長く滔々と話せるのだろうかということが最近引っかかっています。話を紡ぎだす目に見えないメカニズムを明らかにすることが目標です。実は話し言葉に関しては、日本人のほうが話し方が単調で、留学生のほうが複雑になる傾向があります。ネイティブスピーカーである日本人は、極限まで楽をして話そうとし、かつその話し方を知っているので、単調な話し方になりやすいのです。そのようにネイティブスピーカーが自然に話を紡げるようなメカニズムはいったいどうなっているのか、また、それを留学生がどのように習得していくのかを、談話分析の観点から明らかにしたいと考えています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 石黒圭

この著者のタグ: 『大学教授』 『コミュニケーション』 『研究』 『教育』 『言葉』 『研究者』 『日本語』

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